開戦
曇天の隙間から差す朝の陽射しが、夥しい数の鉄の鎧に反射し、北西に連なるララス山脈、そして前方に構えるレナード領南砦を照らしている。
そして、我々王都守備隊の進軍を察知した敵傭兵部隊が、続々と南砦から流れ出でて陣形を形成している。
敵の陣形は鶴翼の陣、しかも2重に展開されており、前後の陣で左右の比重が違う。
鶴翼の陣とは、こちらから見て『へ』の字に部隊を並べる陣形である。
こちらの攻撃を中央で受け止め、左右に開いた部隊が両側から攻撃し、戦力を削り取る陣形だ。
しかも、前列は左翼偏重、後列は右翼偏重、そして中央に厚みを持たせている特殊な陣形だ。
敵の戦力はおよそ1万程度、対して我々はその倍の2万ほどだ。
あの特殊な陣形は、戦力差を補う何らかの意図があるのだろう。
それに対して我々は、魚鱗の陣を形成している。
魚鱗の陣とは、部隊を三角形に配置し、その先端を尖らせて敵の陣を一点突破する一般的な攻撃型陣形である。
攻撃力の高い部隊を前列に配置し、敵陣を突破分断した後、中央の部隊を左右に分け、敵の背後から挟撃するという作戦だ。
本来ならば後方に本陣を置き、将軍である私が全軍の指揮を執らねばならないのだが、補給部隊の500だけを残し、私も戦列に参加している。
ここでの戦いは緒戦にしか過ぎず、本当の戦いは南砦を抜けた先にあるのだ。
しかし数で勝っているとはいえ、我々は飽くまで守備隊であり、リィンフォルトでの戦いで思い知ったように攻勢に長けている訳ではない。
苦戦を強いられるのは必至だろう。
我々が勝利し、レナード領内に侵攻するにはアイリス殿の援軍に賭けるしかないのだ。
「全軍の配置は整ったか?」
「はッ、間もなく布陣が完了するかと。」
西から東へと、やや傾斜している以外は遮蔽物もなく、茶色く枯れた雑草が敷き詰められた平野で睨み合う、両軍合わせて3万の兵士達。
犇めき合う兵士達からは、微かな囁きさえも聞こえて来ない。
静寂に包まれた平野は、熱い鼓動と闘志で満たされ、開戦の鬨を待つばかりとなっていた。
「レナード領での戦いはここから始まる。まずは前方の敵陣を突破し、レナード領に雪崩込め。全軍、突撃!!」
私が放つ突撃の号令で、王都守備隊全軍は高らかに喊声を上げ動き出す。
ここに決戦の火蓋は切って落とされたのだ。
勢いを乗せた我々の先鋒が、敵陣の奥深くで火花を散らし、ぶつかり合う。
軽装ではあるが、巧みに盾を使って受け止める傭兵部隊に阻まれ、完全に勢いを殺されてしまった。
この一合で両軍共に大量の死傷者が野に転がっている。
だが、まだまだこちらの戦力が上回っている事に変わりはない。
「怯むな、押し込め!」
突撃の勢いは失われてしまったが、隊列の頂点に向けて圧力を掛け、敵陣を突破しようと試みるが、攻勢に不慣れな我々では突破するどころか徐々に押し戻されているようだ。
「状況はどうなっている?」
「敵部隊の攻勢の前に攻めあぐねております!守勢に回りつつあるこちらに被害は少ないものの、突破は困難かと!」
「やはり我々だけでは突破できぬか…。」
「如何致しましょう?」
「ここで戦力を失う訳にはいかない、全軍守備に傾倒し援軍が来るまで戦線を維持せよ!」
「はッ!」
守備に徹すれば我々が瓦解する事は無いだろうが、敵陣を突破する事は出来ない。
ここはアイリス殿の援軍を待つしかないのだが、援軍とは言ってもどれ程の戦力がやって来るのだろうか…。
レナード領内で我々に味方する戦力があるとするならば、西方騎士団しか考えられない。
しかし、西方騎士団が味方になってくれるとは限らない。
もし我々の味方になってくれる戦力がいないのならば、アイリス殿は一体どうなさるおつもりなのだろうか。
しかしアイリス殿は、トラキア戦役の英雄と謳われるほどの人物だ。
もしかすると、たった独りで援軍にやって来る事も考えられる。
いやむしろ、あの方にとって烏合の衆など足手纏いになる可能性もある。
王国最強の魔術師なのだから、敵の大部隊を殲滅するほどの強大な魔法を使う事も可能だろう。
しかし味方に付くのが烏合の衆であれば、巻き込んでしまう事を考えると強大な魔法を使う事が出来ない。
ならば独りの方が敵にも警戒されず、気兼ね無く強大な魔法を使う事が出来るだろう。
「ハンク将軍、急報です!」
「どうした!」
「敵後方の陣が前進!我々の右側面から攻撃を開始しました!」
「右翼に兵を回せ!何としても持ち堪えろ!」
やはり敵は陣形を動かしてきた。
中央に戦力を集中した2重の鶴翼の陣で我々の攻撃を完全に受け止めた後、後方の陣を前進させ側面から攻撃する。
敵は寡兵ではあるが、その攻撃力は我々を遥かに上回る。
左側面にララス山脈、前方と右側面から傭兵部隊の猛攻、3方を囲まれてしまっては身動きが出来ず、押し潰されてしまうだろう。
背を討たれる事を考えれば後退する事もままならない。
今はララス山脈を背にし、防御に徹するしかないのだ。
一刻も早くアイリス殿の援軍が来なければ、戦力差も覆され、軍が瓦解してしまうだろう。
私は檄を飛ばし、兵を動かし続けるのだった――
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