少年の難題
まだ朝日が顔を出して間もない頃、私達は老人に別れを告げ、昨日の寂れた門へと向かった。
そこにはやはり、昨日と同じ姿で屹立する少年の姿があった。
「よう、ラキ少年!」
「…フェニキアのキツネが、気安く話しかけるな。」
「今日はお前に話がある。」
「キツネの話を聞く気はない、立ち去れ!」
「まぁそうカリカリしなさんなってー。」
私は周囲を警戒し、ラキ少年に顔を近付け、小声で言葉を続けた。
「実はな、私達はレナード領を救うため、王都から来たんだ。フェニキアの傭兵なんかじゃない。」
「だからどうした?王都から来たんなら、憎きゼルギウスの犬なんだろ!」
「ヨルゴの爺さんは信じてくれたぞ?」
「ヨルゴ爺が!?」
「ああ、ヨルゴの爺さんから事情は聞いた。どうだ、私達と協力しないか?」
「断る!あのヨルゴ爺が信用したとしても、オレは信用しない。」
「どうしたら信じてくれるんだ?」
「…」
ラキ少年は俯き、何かを考えているようだ。
無理難題を吹っかけて来るかもしれないが、ラキ少年の信頼を勝ち取るためには乗り越えなければならないだろう。
暫く考え込んでいたラキ少年は、顔を上げ、真っ直ぐに私の瞳を覗き込んだ。
「10日前、オレの大事な物がフェニキアのキツネに奪われた。それを取り戻して欲しい。」
「大事な物?」
「虎目石の首飾り…父の形見だ。」
「そうか、それは許せんな。奪った奴の事は覚えているか?」
「傭兵だ…。確かオルテガと呼ばれていた。」
「傭兵オルテガだな。分かった、すぐに取り戻してみせる!オマエ達はここで待機していろ。」
「お一人で行かれるのですか!?」
「ああ、オマエ達がいると足手纏いだ。なーに、すぐに帰って来るさ。」
「しかし!」
「これは命令だ、私が戻るまでここで待機!良いな?」
「…承知致しました。」
「よろしい、んじゃ行って来る。」
私は不満げな王都守備隊達にプラプラと手を振り、市街地へと向かった。
やはりこんな早朝から出歩く者も少なく、昨晩とは打って変わって閑散とした街並みがどこまでも続いている。
そんな中、フラフラと千鳥足で歩く商人風の男を発見し、声を掛けた。
「こんな朝っぱらからどうしたんだ?」
「んあ?調子に乗って朝まで飲んじまった…文句あっか?」
「そうかい、そりゃー景気の良い事で。」
「なんだよ、ねーちゃんも肖りたいってか?」
「そりゃそーだよ、旦那。わざわざ国境を越えて王国まで来たんだから。」
「近々戦が始まるからよ、武器を売って一儲けさせてもらったトコだ。」
「羨ましい限りで…。ところで旦那、オルテガって傭兵を捜してるんだが、知ってるかい?」
「ねーちゃん知らねぇのかい!?オルテガ様と言えば泣く子も黙る傭兵団クロスボーンの団長様だぜ?ウチのお得意様だ!」
「鳴く子も黙るねぇ…。それで、今どこにいるんだい?」
「あの南砦の前に布陣してる傭兵団があるだろ?あれがクロスボーンの本隊だ。あの中にいらっしゃるんじゃねーかい?」
「そうかい、ありがとよ旦那!」
武器商人に別れを告げた私は、レナード領に入った時に見た大部隊の元へ向かった。
まさか敵陣に乗り込む事になるとは思わなかったが、良い機会だ。
ついでに敵の戦力も探る事が出来る。
私は市街地を出て、足早に傭兵団クロスボーンの野営地へと向かった。
正午前には野営地に辿り着いた私は、警戒されることも無く潜入する事が出来た。
この規模からすると、ざっと1万近くの戦力はあるだろう。
兵装には統一感がなく、それぞれ思い思いの装備を身に着けている。
重装甲を装備している者は少なかったが、皆一様に鍛え抜かれた鋼の肉体を持っていた。
倍近くの戦力で待機する王都守備隊であっても、苦戦を強いられるのは間違いなさそうだ。
適当な傭兵に団長の居場所を尋ねると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら幕舎の場所を教えてくれた。
どうやら私は、オルテガが呼んだ娼婦か何かと勘違いされているらしい。
好都合ではあるが、何だか釈然としない。
だが、ここは敵地のド真ん中である。
使える物は何でも使わなければ、面倒な事になってしまう。
今はこの勘違いを利用し、オルテガに近付くべきだろう。
幕舎を守る護衛に娼婦である事を語ると、すんなりと幕舎の中に入る事が出来た。
恐らく、こんな事は日常茶飯事なのだろう。
幕舎の中には、見覚えのある男が退屈そうに椅子に腰かけていた。
「おお、あの時の人妻か!」
そう、彼はレナード領に入ってすぐ、私達に声を掛けて来た傭兵だった。
「その節はどうも…。」
「なんだ、やはり俺に買われに来たのか?」
「ああ…手っ取り早く稼ぐには、一度の過ちも目を瞑ろうかと…。」
「そうかそうか、いや良い心掛けだと思うぞ!一度と言わず、いつでも来てくれて構わない。」
「こんな私で良ければ是非…。」
「よし、では早速!」
オルテガは鼻息も荒く上着を脱ぎ捨て、ジリジリと歩み寄って来る。
そしてその首には、お目当ての虎目石の首飾りが鈍い輝きを放っていた。
「お待ち下さい!」
「どうした、怖気付いたのか?」
「あーいや…少し恥ずかしいから、私が脱ぐまで後ろを向いていてくれないか?」
「ムフフ…そうか、ならば仕方あるまい。」
オルテガはゆっくりと後ろに振り返り、モゾモゾと腰を動かしている。
私はそっと大きな背中に近付き、瞬時に首筋へ回した腕に全力を込める。
首を絞められたオルテガはジタバタと暴れているが、完全に極められた私の裸締めからは逃れる事が出来ない。
やがて意識を失ったオルテガの首から、ラキ少年から奪った虎目石の首飾りを取り戻し、ついでに何発か顔面に拳を叩き込んだ。
「汚らわしい獣が…次に会う時は確実に殺す!」
もたもたしていては、他の傭兵に見付かるかもしれない…私は心からの捨て台詞を残し、幕舎を去った。
後ろから護衛達が「今日も激しかったな」などと笑い声を上げている。
今の内にこの場を去った方が良いだろう。
私は勇者パンジャールの形見の品を握り締め、ラキ少年の待つ市街地へ向かうのだった――
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