西方騎士団の獅子
レナード城の東に位置する城下町は、東の砦と城を結ぶように東西に長く広がり、粗末な石垣で囲まれている。
石垣の外にも多くの民家が点在し、ポツポツと明かりが灯り始めている。
市街地に該当する部分が石垣で囲まれていると言った方が正しいだろうか。
煌々と光を放つ市街地は、エールを煽る傭兵達で賑わい、楽師の奏でる陽気な音曲があちらこちらから聞こえてくる。
その一角に、石垣の切れ目にしか見えないほど簡素な作りの門が寂しく佇み、大きく口を開いている。
かつてそこには堅牢な木の扉が嵌め込まれていたのだろうが、今では扉の破片さえも残されておらず、風雨に晒された蝶番が錆びて壊れたままぶら下がっていた。
そんな寂れた門の下には、一本の小さな松明に照らされた少年の姿があった。
身の丈に合わない長槍を手に屹立し、寒空の元、厳しい表情で真っ直ぐ前を見詰めたまま微動だにしない。
門番のつもりなのだろうか、町を囲む石垣は簡単に乗り越えられるほど瓦解しているのだから、今更門を守った所で全く意味がない。
それにその少年はファクトよりも随分幼く、恐らく十歳を過ぎたくらいだろう。
その光景はもはや違和感しか感じない。
「やあ少年、ここいらで安い宿を知らないか?」
「…」
「少しばかりだが、駄賃もやるから教えてくれ。」
「…」
「なぁ、聞こえてるんだろ?まさか言葉が通じない訳でもあるまい。」
「去れ…」
「ん?なんだって?」
「今すぐここから去れ!フェニキアのキツネども。」
少年の瞳は小さく揺れる松明の炎を写すように怒りに燃え、噛み付かんばかりの剣幕で私達を怒鳴りつけた。
「済まない、邪魔したな…」
私達に鋭い視線を向け続ける少年の横を抜け、光と喧噪に満ち溢れた市街地へと足を踏み入れると、私達と少年のやり取りを見ていた老人が歩み寄って来た。
「旅の方々、あの子の事どうか許してやってもらえんかね…。」
「ああ、別に何とも思っちゃいねーよ。しかしなんでまた、あんな小さな子供が門番の真似事を?」
「それには少々事情がありましてな…。どうやら貴女方、宿を探しているご様子。粗末な所ですが、説明がてら今宵は儂の家に泊まられては如何か?」
「はぁ、ではお言葉に甘えて…」
「良いのですか?こんな初対面で素性も解からぬ者の世話になってしまって…」
私の決断に対して、不安そうにラパンが小声で耳打ちをした。
私は無言で小さく頷き、歩き出した老人の後に続く。
市街地の喧噪を抜け、町外れの小さな茅屋に辿り着いた私達は、老人の案内で暖炉の前に腰を下ろした。
石造りの質素な室内に装飾と呼べる物は何も無く、家具すらも粗末な箪笥が一つ部屋の隅に置かれているだけだった。
火種にくべられた薪木に炎が宿り、冷たい室内が徐々に温かくなってくる。
私達は暖炉の上で調理された暖かいスープを御馳走になり、ひと時の休息を満喫した。
「さて、一息ついたところで、貴女方は何処から来なすった?」
「当然フェニキアだが?」
「いやいや、隠さんでもよろしい。貴女方の振る舞いを見ておれば王国の人間だとすぐに解かる。なーに、儂も生まれた時からレナードの領民、貴女方の味方のようなもんさね。」
老人は暖かい笑みを浮かべ、薪木を暖炉の炎の中に放り込んだ。
「それに、わざわざフェニキア者なんかを我が家に招いたりせんよ。」
「そうか…。まぁ、本当の事を言うと、我々は王都から来たんだ。」
「おお、それはそれは。あそこも今では随分と住みにくくなったと聞いておりますよ。」
「そのようだな…。」
あのエロ爺の話では近頃ルイス王子が実権を握りつつあり、宰相不在を良い事に、民に苦痛を強いる圧政が敷かれているらしい。
「ところで、あの少年は一体?」
「そうそう、あの子の話でしたな。」
「ああ。」
「あの子はパンジャールの息子で名はラキと申します。」
「パンジャール!?」
フェニキアの侵攻を幾度となく跳ねのけて来た西方騎士団の獅子パンジャール。
その名は王国中に轟き、知らぬ者などいないと言っても良い。
私達トラキア戦役の英雄と比肩する程の勇者である。
王都守備隊の5人も驚いた表情で顔を見合わせている。
「やはり知っておいでかな?」
「西方騎士団の獅子、勇者パンジャール、我が国に知らぬ者などいないだろう…」
「ほっほ。そう言ってもらえると儂の事のように鼻が高い。」
「あの子が勇者パンジャールの息子とは…」
「半年ほど前だったか、前領主のカルロス様が亡くなられてな…カルロス様の甥に当たるゼルギウス様が新しい領主に任命されたんじゃが、何をお考えなのか儂らが長年守り続けて来た関門を開け放ち、フェニキア者を受け入れ始めたのだよ…。」
にこやかに話していた老人の顔に陰りが見え始めた。
「幾度となくフェニキア者と戦ってきたパンジャールは、そんなゼルギウス様のやり方に従う筈も無かろう?」
「確かに、昨日まで血で血を洗う戦いを繰り広げて来た宿敵を受け入れるなど、そう簡単には出来んな。」
「ふむ、当然反旗を翻したパンジャールは3ヵ月前、ゼルギウス様率いる親衛隊に捕らえられ処刑されたのだよ…。」
「処刑!?まさか、勇者パンジャールともあろう方が捕らえられるなど…」
「パンジャールと言えど人の親、息子が人質に獲られれば従う他あるまい…」
「卑劣な真似を!」
「あの子は自分のせいで父親が殺されたと思っておる…。そして償いのために父パンジャールの意志を継ぎ、ゼルギウス様を憎み、フェニキア者を敵視して、今も戦っておる…。」
「西方騎士団の奴らは動かないのか?」
「パンジャールの処刑を見せしめにされてはな…今では東の砦に引き籠り、己の無力さを悔いて腑抜けになっておる…。果敢に立ち向かっているのは、あの子だけだよ…。」
「そうだったのか…」
「関係のない貴女方に頼むのは筋違いだろうが、あの子を、我らが騎士団を、そしてこのレナード領を救ってはもらえないだろうか…。」
「そいつは私達に関係ない話でもねーんだ。一宿一飯の恩もあるし、引き受けよう!」
「おお、なんと有難い事か!この老いぼれには寝床を差し上げる事しか出来んが、今日はゆっくりと休んで下され。」
私達はその後も暖炉を囲んで、勇者パンジャールの英雄譚に花を咲かせた。
フカフカの藁が敷き詰められた納屋で夜を明かした私達は老人に別れを告げ、勇者パンジャールの息子ラキの元へ向かう。
あの少年こそが、この戦いの鍵を握る存在になるかもしれないのだ――
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