風評の策
太陽が西に沈む頃、僕達はクレメンテスの少年達を引き連れ、野営地に到着した。
野営地の至る所で炊煙が上がり、夕飯の良い匂いが空腹を刺激する。
ジークは、西の外れにある天幕の前で、いつものように欠伸をしながら僕達の帰りを待っていた。
「ジークさん、只今戻りました!」
ジークを呼ぶ言葉に反応して、後ろに引き連れている少年達から騒めきが聞こえる。
「おーう、今日は遅かったな…っておい!なんだそのガキ共は!?」
「彼らは僕達の新たな戦力となるクレメンテスの街の少年達です。」
「戦力?ちょっと待て、話が見えねーな…」
「ジークさん、僕達の行軍の目的を忘れてはいませんよね?」
「ああ…来るべき戦いに備えて兵力を集めるんだろ?でもよ、そんなガキ共なんぞ役に立たんだろう?」
「シリウスさんをあそこまで追い詰めた実力を持っていてもですか?」
「マジかよ…」
「アレン君、こちらに。」
アレンは体格の良い少年に支えられ、ジークの前に進み出た。
彼らは2人共、緊張で顔を強張らせ、小さくなっている。
「彼はこの少年達を束ねるアレン君です。」
「ア…アレンっス。よ…よろしくお願いします!」
「おう、まぁーなんだ、取って食う訳でもねーし、そんな緊張するこたぁねーよ。」
「う…うっス。えーと、あ…貴方は、あの生ける伝説と呼ばれるジーク様ですよね?」
「そんな大層な二つ名で呼ばれんのもこっぱずかしいが、確かに俺がジークだ。」
「うぉー、すげー!!あ、あの良かったら握手してもらっても良いっスか!?」
「お、おう…構わんが。」
少年達は順番に握手を交わすと、握られた手を掲げ、興奮している。
無精髭を生やし、みすぼらしい格好をしているジークだが、少年達は目を輝かせ羨望の眼差しを向けていた。
「おいおい、照れるじゃねーか…」
ジークはガラにもなく、頭を掻きながら頬を染めている。
「それにしてもコイツら、どうやって仲間にしたんだ?」
「はい、それは全て風評によるものです。」
「風評ねぇ…俺はいまいちピンとこねーんだが、一体どういう事なんだ?」
「ジークさんは、この世で最も早く、そして限りなく自由な物は何なのか御存知ですか?」
「ん?謎かけか?済まねーが、その手の問答は苦手でな…」
「失礼しました。この世で最も早く、そして限りなく自由な物、それは市井に溢れる言葉です。」
「言葉か…」
「はい。民衆が発する自由な言葉は千里を駆け、世界を巡ります。その言葉が民衆の興味を引けば引くほど大きくなり、やがて世界を変える力を持つのです。」
「ほぉー、そんなもんかね…」
「リィンフォルトでの戦いで、アルテミシア王女に死を演じて頂いた理由がそこにあるのです。」
「ああ、あれか…確かに、姫さんを危険に晒してまで、あんな事をやる意味が理解出来なかったが、そこに繋がるのか…」
「はい、これは宰相閣下も仰っておられましたが、アルテミシア王女に奇跡を起こされる事は、今後の戦局に大きく関わって来ます。」
「なるほどな、そいつを利用したって事か。」
「いえ、実はそれだけではないんです。」
「おいおい、ちょっと待て、まだ何かあるのか!?」
「はい。」
「こりゃーあの爺さんも気に入る訳だ…。これからの事もあるしな、俺にも解るように詳しく聞かせてくれねーか?」
僕はリィンフォルトから始まった作戦の骨子を噛み砕いて、解り易くジークに説明した。
まず、リィンフォルトの街が王国の経済を支える重要な都市であった事が、僕の作戦に大きく影響する。
それは王国で最も多くの民衆…取分け商人や旅人が行き交う街である事を意味する。
つまり、ここで発せられた言葉は最も早く、そして最も広く、王国中を駆け巡る事になるのだ。
次にリィンフォルトで起きた戦いの顛末。
トラキア戦役の英雄達が集結し、少ない兵力で大軍に打ち勝つ事が必要だ。
この手の英雄譚は民衆が最も興味を示し、民の発する言葉に強い興味を持たせる事が出来る。
解き放たれた言葉には尾鰭が付き、やがて想像も出来ないほど誇大になって伝わり広がって行くのだ。
実際にアレンに伝わっていたリィンフォルトでの戦いは、トラキア戦役の英雄達が集い、20にも満たない兵力で2万の兵から街を守ったと語っていた。
最後にアルテミシア王女の起こした奇跡。
死んだ筈のアルテミシア王女が蘇り、敵対していた2万の兵を味方にした事だ。
アレンの話にもあったように、この奇跡がアルテミシア王女を聖女に祀り上げ、民衆の圧倒的な求心力を得る事になった。
聖女が民のために戦うのならば、多くの民衆はこれに加わる事だろう。
バラン王子とルイス王子が争えば争うほど、アルテミシア王女に加勢する民衆の数は膨れ上がる事になるのだ。
これに聖教国ハイネシアの援軍が加われば、宗教的な意味でもアルテミシア王女を聖女とする事が可能になる。
以上の事から、アルテミシア王女が民を救うため、アストレアで兵を募っているという言葉をリィンフォルトに広めるだけで、僕の作戦は実を結ぶ事になるのだ。
「…そこまで考えてリィンフォルトの戦を動かしたってーのか!?」
「そうです。」
「かぁーっ、たまげたなこりゃ…。あの爺さんもウカウカしてらんねーぞ!」
「いえいえ、そんな、とんでもないです…」
「よし、じゃあ今後の指揮は全てお前に任せる事にする。俺も駒として好きに使ってくれ!」
「ちょっと、それはあまりにも…」
「いや、お前の方が適任だ。迷う事があれば俺も協力するから心配するな!それとな、謙遜も過ぎれば嫌味に聞こえるぞ?覚えておけ。」
「分かりました…。」
「とまぁそんな訳で、お前達もコイツに力を貸してやってくれ、頼んだぞ!」
「はい!」
その後、少年達は天幕で休んでいるシリウスに謝罪をしに行ったが、いつもの舌打ちが返って来ただけだったそうだ。
そして僕達は少年達と夕食を共にし、新たに張られた天幕で寿司詰め状態になって夜を明かすのだった――
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