焦りと憧れ
今日も僕とシリウス、それに完全に回復したザックスも加わり、隊列の先頭から殿までを往復する訓練を続ける。
そして、正午過ぎには最初の中継都市クレメンテスに到着した。
本隊は街の南側の開けた場所に野営地を設営し、束の間の休息を満喫している。
アルテミシア王女らトラキア戦役の英雄達は、挨拶を兼ねて事情を説明するため、都長の屋敷へ向かった。
その間、息抜きのために街の散策を許された僕達3人は、アルテミシア王女を一目見ようと集まった野次馬の群れを掻き分け、街に繰り出した。
規模的にはリィンフォルトの半分程度と思われるクレメンテスの町並みは起伏が多く、坂に面して独特の建築様式で建てられた家々が軒を連ねている。
「そういえば、シリウスさんが見当たりませんね…。」
「確かに、さっきまで後ろにいたと思うんですが…。」
「彼の事なら心配いらないでしょう。それよりも珍しい物があんなに沢山ありますよ!」
目抜き通りの比較的平坦な場所に立ち並ぶ様々な店を目にしたザックスは、まるで子供の様に目を輝かせて走り出した。
普段から生真面目で堅い印象のあるザックスにしては、珍しく高揚して燥いでいるようだが、故郷の街しか知らない人間ならば当然の事だろう。
僕もシルフィアを旅立ち、最初に立ち寄った村でさえ、物珍しさと好奇心で目を輝かせていたのだ。
もちろん今でもその気持ちは薄れる事も無く、ザックスと共にぶらぶらと店を見て回った。
所持金にも少々余裕があるため、これからの戦いに備えて必要な物を買い揃えておく必要もある。
使い勝手の良さそうな雑嚢やポーション、それに少々値は張るが新しい片眼鏡を購入した。
そして、ベルトや靴下など細かい装備品を購入していたザックスが、武器屋の前で立ち止まる。
店内の壁や棚にはびっしりと、様々な形状の武器が陳列されているが、どれも量産された粗悪品である事は素人目にも判断できた。
しかしザックスは、壁に掛けられた長剣を見詰めたまま微動だにせず、そのまま通り過ぎていた僕は引き返してザックスに声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ…なんでもありません。」
「あの長剣が気になるんですか?」
「そういう訳ではないんですが…。」
「シリウスさんの使う双凍剣、凄かったですね…。」
「はい、自分もいつかあんな名剣を持てたら…」
「ジークさんに聞いた話ですが、シリウスさんの能力ととても相性が良かったみたいで、宰相閣下がフォルティス川の戦いの後回収された双凍剣を一時的に貸与したそうですよ。」
「武器は力にあらず、武器を扱う者の力量こそ強さなのだ…。ベルガー様が仰っていた言葉です。」
「つまり、武器に頼らず己の力を磨けという教えですね。」
「そうです…。ですが、自分には君達のような能力がありません…。この先の戦いで自分は役に立つ事が出来るのか、不安で仕方がないのです。」
「ザックス…」
その時、店の裏手の方で怒鳴り声と木箱の割れるような破壊音が聞こえてきた。
「喧嘩でしょうか?」
「行ってみましょう!」
店の脇を通り抜け裏手に回ると、そこには3人の少年達に囲まれて暴れ回るシリウスの姿があった。
「なんだコイツ、俺達に絡んできた割には弱ぇじゃねーか?」
「チッ、煩い…どいつもこいつも、この俺をコケにしやがって!」
「そんだけ弱けりゃコケにもされるさ、ギャハハ!」
シリウスは少年の一人に殴り飛ばされて、積まれている空の木箱に激突する。
「クッ…何の能力も持たない凡人に出来て、なぜ俺に出来ない!」
「何の話だー?お前は俺達にボコボコにされるしかねーんだよ!」
「黙れ!ザックスに出来て俺に出来ない筈がない…特別である俺がアイツなんかに負ける訳にはいかない!」
少年達に殴り掛かるシリウスだが、三方からの攻撃に成す術なく、殴られ、蹴られ、血反吐を吐きながら蹲る。
それを目にしたザックスは少年達の前に躍り出た。
「止めて下さい!」
「なんだテメーは!?」
「ここは自分に任せて下さい。シリウスさんを頼みます!」
「はい!」
「自分は彼の仲間です、これ以上彼を傷付けるつもりならば容赦しません!」
「ザコの仲間が偉そうに容赦しねぇだ?」
「やってみろよコラ!」
「テメーからボコボコにしてやんよ!」
少年達は拳を構え、一斉にザックスへ襲い掛かる。
腰を落とし、少年達を迎え撃つザックスは瞬時に間合いを詰め、1人目の鳩尾、2人目の顎先、3人目の脇腹に拳を叩き込んだ。
少年達は一瞬、何が起きたのか分からないといった表情を見せ、うめき声を上げながら地面をのたうち回る。
離れて見ていた僕でさえ、ザックスの動きを捉える事が出来なかった。
ザックスは魔力のコントロールを使ったに違いない。
「チクショウ…覚えてろ!」
フラフラと起き上がった少年達は、ありきたりな捨て台詞を吐きながら走り去って行った。
「シリウスさん、大丈夫ですか!?」
「チッ、余計な真似をしてくれたな…」
「しかし、あのままでは…」
「お前らに助けられるくらいなら死んだ方がマシだ…特にザックス、俺はまだ、お前に負けた訳じゃない!」
シリウスはそう言い残し、転がった木箱を蹴り飛ばしながら喧噪の中へ消えて行った。
「彼は一体どうしたんでしょうか…」
シリウスの背中を見送りながら、ザックスはポツリと呟いた。
「彼なりの特訓だったのかもしれません…。」
「特訓…ですか?」
「はい。恐らく、君が先に魔力のコントロールを身に着けたので焦っているのかもしれません。」
「そんな…彼の方が魔剣を貸与される程の凄い力を持っているのに…」
「それでも彼は、先に力を身に着けたザックスに嫉妬しているんですよ。」
「自分に嫉妬ですか…信じられません。自分の方こそ彼の力に憧れを抱いていますから…」
その後、都長との会談を終えたアルテミシア王女の一行と合流し、野営地に戻った僕達は少し早めの夕食を摂った。
夜遅くに傷だらけで天幕に戻ってきたシリウスの姿を見れば、何をしていたのかは想像に難くない。
僕達は彼と言葉を交わす事無く眠りに就き、クレメンテス出立の朝を迎えるのだった――
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