ザックスの覚醒
夕日が地平線に沈もうとする頃、僕は漸く野営地に辿り着いた。
精も魂も尽き果て、崩れるように地べたに這いつくばる僕に気が付いたザックスが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか!?」
「ゴホ、ゴホッ、はぁ、はぁ…」
「天幕で休んでいて下さい、後で食事を持って行きますから。」
「はぁ、はぁ…あ…ありが…とう…」
そのまま意識を失った僕は、気が付くと天幕の床の上で横になっていた。
焼けた肉の香ばしい匂いと、パンの柔らかい小麦の香りが僕の空腹を刺激する。
そして、ランタンの灯りに照らされたザックスが天幕の中央に立ち、無手で剣を振るう動作を繰り返している。
その表情は真剣そのものだ。
特訓の邪魔をするのは気が引けるが、このまま黙って見ている訳にもいかない。
僕はゆっくりと起き上がり、額から汗を滲ませるザックスに恐る恐る声を掛けた。
「あの…」
ザックスは剣を振りかぶる動作をしたままピタリと止まり、慌てて僕の前に腰を下ろす。
「すみません!煩かったですよね?」
「いえ、大丈夫です。それより、あんなところで気を失ってしまってすみません…。」
「少し驚いてしまいましたが、問題ありませんよ。ジーク様がここまで運んでくれましたから。ああ!そうそう、お腹、空いてますよね?」
「はい、もうペコペコです。」
「良かった!これ、君の分の夕食です。」
僕はゴクリと唾を飲み込み、差し出された食事に手を伸ばす。
「では、遠慮なく頂きます!」
少々冷めかかってはいるが、こんがりと焼けた肉にかぶりつくと芳醇な肉汁が口いっぱいに広がる。
「少し…掴めたような気がするんです…。」
「ふぇ?」
食事に夢中だった僕は何の事だか解らず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ああ、すみません、魔力のコントロールの話です。」
「僕も後ろから見ていましたが、凄いスピードで驚きました。」
「すみません、集中し過ぎて君を置いて先に行ってしまいましたね…。」
「良いんですよ、そんな事は。それより、使いこなせそうですか?」
「あまり自信はないですが、たぶん…出来ると思います。」
「凄いじゃないですか!こんな短期間で使いこなせるようになるなんて。」
「君のアドバイスのお陰ですよ。明日は自分に任せて下さい!」
「僕も負けてはいられませんね!」
「おい、お前ら…まーら起ひてらのは?」
突如、ジークが慌ただしく天幕に乱入し、そのままドサリと横になる。
どうやら少々酩酊しているようだ。
それに続いて、シリウスと数人の近衛騎士が天幕に入り、横になる。
「明日も早いんらろ?寝ろれろ…」
「一体何があったんですか!?」
「チッ、近衛騎士達と飲み比べしてこのザマだ…疲れた、俺も寝る…。」
「自分達も早めに寝ましょうか。」
「そうですね…明日はどうなるか分かりませんから…。」
僕は残った食事を無理矢理押し込み、眠りに就いた。
次の日――
僕達は朝日も昇らない頃から準備を始め、早々に野営地を出発した。
今日の行程は往復70㎞、普通に走れば10時間以上は掛かるだろう。
夕刻までに戻って来る事は難しい距離だ。
「今日は自分に任せて頂けませんか?」
「どういう事だ?」
シリウスは、いつものように不機嫌そうな顔でザックスを睨み付ける。
「魔力のコントロール、出来るようになったかもしれません。」
「何だと!?昨日のアレは魔力を使ったのか…」
「はい。今日は初めから使ってみようと思います!」
「チッ…」
シリウスは小銭の入った革袋をザックスに投げつけた。
「勘違いするな…俺は負けを認めた訳じゃない。必ず貴様に追い着いて見せる、それまで預かっておけ!」
「分かりました、ではこの先でお待ちしてます。ファクト、君も必ず追い着いて来てくださいね…。では!」
ザックスは昨晩の真剣な表情で真っ直ぐ前を見据え、徐々にスピードを上げて行く。
頂点に達した時のスピードは彼の全力疾走よりも早く、驚くべき速さで姿が見えなくなってしまった。
それに必死で食らい付くシリウスだが、その差は圧倒的で、既に追い着く事が不可能なほど距離が開いている。
僕も負けてはいられない。
魔力のコントロールに集中しながら走り続ける…。
そして太陽が中天に差し掛かる頃、どこからか声が聞こえ、僕は足を止めた。
荒い呼吸を繰り返し、額に流れる汗を拭いながら周囲を見回す。
「おい…」
「おい…ここだ。」
やっとの事で声の主を見付けると、そこには木陰に座り込んで休んでいるシリウスがいた。
「どうしたんですか?」
「見ろ…コイツがそこで倒れていた…」
シリウスの隣には、全身びっしょりと汗をかいたまま倒れているザックスの姿があった。
その手にはしっかりと例の酒瓶が抱えられている。
僕は既にヘトヘトで動くのもやっとな状態だったが、慌ててザックスに駆け寄り肩を揺らした。
「ザックス!ザックス!!」
「心配するな、息はしている。恐らく命に別状はない…。」
「良かった…。」
「何をしている、行くぞ…」
「どこへですか?」
「チッ、次の野営地に決まっているだろう…俺独りでは引きずるのがやっとだからな…肩を貸せ!」
「は、はい!」
「チッ…まったく、結局は足を引っ張りやがって…急がないと間に合わん…」
「間に合わせましょう!」
「無論だ…死ぬ気で前に進むぞ!」
僕とシリウスは、2人で気を失っているザックスを肩に担ぎ、次の野営地を目指した。
もうあまり時間は残されていない…。
しかし、僕達は必死に前を目指した。
夕刻までに辿り着く事を信じて――
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