北門の舌戦
街を取り囲む前線部隊は、圧倒的な戦力差が有るにも拘わらず、呆然と立ち尽くし、強固にそびえる外壁を見上げるばかりだった。
私が前線に辿り着いても動こうとする者はおらず、部下の無能さに溜息が漏れる。
「何故攻め手を止める!」
「ハ…ハンク将軍!あ、あの、弓兵部隊の射撃が…」
北門一帯の指揮を任されている部隊長が、叱責を恐れ、肩を竦めている。
「報告は受けている。弓兵部隊の援護が無くともエスカレイドは可能であろう?」
エスカレイドとは、長梯子を用いて城壁を登攀し攻略する戦略である。
「し…しかし、梯子を潰されるのは目に見えております…」
「数で勝るこちらが有利なのだ、一斉に取り掛かれば対処しきれない場所も出てこよう。そこに橋頭保を築けば、一気に攻め落とす事も可能であろう!」
「た…確かに。」
「全部隊、一斉にエスカレイドを開始せよ!」
私の号令で生き返ったように兵が動き出す。
遠巻きに街の外壁から距離を取っていた前線部隊が、長梯子を担ぎ、一斉に突撃を開始した。
攻撃を再会した我が軍を前に、壁上の敵兵達の雄叫びが掻き消えた。
入れ替わるように我々の兵達が雄叫びを上げ、突撃を繰り返す。
やはり弓や魔法の援護がなければ、エスカレイドが成功する部隊が出るまでに時間が掛かる。
掛かった梯子は悉く押し返され、投石によって梯子が壊され、油と火によって梯子が燃やされる。
予備の梯子も無限ではない。
そこで同時に、猫と呼ばれる屋根付きの破城槌も、堅固にそびえる門へと投入を開始した。
盾の扱いに関しては、日々の訓練で培った技量が物を言い、外壁の上からの攻撃に対して負傷する者は少ない。
だが、あまり時間を掛け過ぎるのも得策とは言えないのだ。
敵はあの宰相、トラキア戦役を勝利に導いた救国の英雄フェスター卿。
これはただの籠城である筈がないのだ。
必ず何か逆転の策が潜んでいるに違いない。
籠城戦とは即ち、防御に徹し時間を稼ぐ戦術だ。
我々が撤退するまで守り切れば勝利となる。
故に、我々が撤退せざるを得ない何かを待っていると考えられる。
やはり、援軍が来るとしか思えない。
それは何時、どれ程の規模が到来するのか…。
「敵将の数と、その人物が何者なのか解っているか?」
「は…はい、敵将は各門に1人ずつの計4人と見られます!」
「4人か…、それで?」
「東門には近衛騎士団長ミラルダ様…」
「敵は飽くまで逆賊だ、様は付けんで良い。」
「は…はい、失礼しました!南門にはウォーロックのアイリス、西門には近衛騎士団副長ミリアムです!」
「ん?ここ北門の将は誰だ?」
「そ、それが…見た事も無い若き将でして…」
「フェスターかジークではないのか?」
「は…はい!」
「そうか…興味深いな。私は前に出る、後の指揮は任せた!」
「お、お待ち下さいハンク将軍!危険です!」
確かに全軍の指揮を預かる将が前に出るなど愚の骨頂だ。
剰え、名乗りを挙げ、敵に居場所を教えようとしている私の行為は褒められたものではない。
だが、謀ったように集い揃ったトラキア戦役の英雄達と肩を並べる若き将に、興味が湧かない訳がない。
最前線に辿り着いた私は、馬上から猫が門を攻撃する音よりも高く声を上げた。
「北門の部隊を指揮する若き将よ、私はこの王都守備隊全軍を預かる将、ハンク・ウィシャートである!意気あらば、我が声に応えられたし!」
私の声に、敵のみならず味方までもが騒めき、息を飲む。
「王都守備隊ハンク将軍に敬意を払い、お応え致します!僕はウォーロックであらせられるアイリス様の弟子、ファクト・マークスです!」
あのウォーロックの弟子であるならば、トラキア戦役の英雄達と肩を並べる将であるのも納得は出来なくもない。
だが、フェスター卿や生ける伝説とまで謳われる傭兵ジークを差し置いて、重要な拠点を守る将に抜擢されるとは、いささか違和感が残る。
「貴殿らの行為は王国に反旗を翻す非道の行いである。人の世はこれを逆賊と呼ぶ。」
「いえ、大義は我らにあります!聞けば、我らを死神の大鎌の一味と断じているようですが、我らには身に覚えがありません!そればかりか、彼の組織を抹殺せしめたのは我らであると公言致します!」
「そのような妄言、聞く耳持たず!即刻降伏せねば、我が王都守備隊2万を以て貴殿らを皆殺しにさせて頂く!」
「貴公は、ここにおわすアルテミシア王女殿下も殺めると申されるのか?」
「無論、逆賊である以上、捨て置く事など出来ぬ!」
「国王陛下がご崩御なされた今、次期国王にと定められたとしても、アルテミシア王女殿下を逆賊と申されるおつもりか?」
国王陛下が崩御された…。
俄かには信じ難い話だが、国王陛下が病に伏せておられるという噂は聞いた事がある。
それに、ルイス殿下の命令によるこの行軍は権限を逸脱されておられる。
急な軍備の増強といい、この話には信憑性が高いが、フェスター卿の策である可能性も否定できない。
国王陛下の崩御という衝撃的な話を聞いて、兵達の間にも動揺が走り、攻撃の手が止まる。
「そのような世迷言、何の根拠も有りはしない!」
「半日後には新しき王の勅命により、ルーファス卿、ガーラント卿、ベアトリス卿の軍、合わせて1万の援軍が到着致します。さて、そうなると新しき国王に刃を向ける貴公らが逆賊の誹りを受ける事でしょう!」
「良かろう、その妄言ごと貴殿らを斬り捨てる事に致そうではないか!全軍、攻撃の手を緩めるな、即刻逆賊共を根絶やしにしろ!」
やはり援軍がやって来る。
フェスター卿がこのような無謀な籠城など、する筈がないのだ。
しかし、そうすると国王陛下が崩御されたのは事実だという事になる…。
そうなれば本当に我々が逆賊となってしまう。
時は半日…その前に王女殿下の首を獲らねば我々の敗北だ。
未だ蟠ってはいるが、敗北は避けねばなるまい。
私は、全軍に総攻撃の命令を出し、リィンフォルト攻略を急ぐのだった――
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