降り注ぐ矢の雨
踏み鳴らされる大軍の足音がリィンフォルトの街を包み込む。
地響きに呼応するように、僕の心臓も跳ねるように脈打つ。
もう二度と僕の目の前で、大切な人が死ぬのは見たくない。
師匠、ザックス、トラキア戦役の英雄達、共に戦ってくれるリィンフォルトの人々…絶対に殺させない。
圧倒的な理不尽を前にしても、僕は運命と戦う事を誓ったのだから。
「皆さん、準備は良いですか!」
街を囲む外壁の上に配された総勢170人の兵達は、一斉に盾を構え、迫り来る大軍勢を見据えている。
張り詰める緊張感が兵達から言葉を奪い、奥歯を噛み締める音や、生唾を飲み込む音が聞こえてくるようだ。
「あの王都守備隊には攻城戦の経験がありません。そればかりか、前線で戦った事のある者は、ごく僅かです。ですから守勢に回れば僕達が圧倒的に有利です!」
僕の声が兵達に届いているのか分からない。
しかし、僕は自分に言い聞かせるように、声高に叫び続けるしかなかった。
2万の敵兵が街の外壁を取り囲み、隊列の形成が完了したようだ。
いよいよ、戦いの火蓋は切って落とされる。
「弓兵が構えました、矢が来ます!防御を!」
攻城戦の基本は矢を絶やさず撃ち込み、守備兵を牽制する事。
守備兵が隙を見せた所に梯子を架け、城壁の上を制圧する。
城壁の上が制圧出来れば裏に回り込み、内側から門を開けてしまえば勝利は目前となるのだ。
矢の雨が空を黒く染め、外壁目掛け降り注ぐ。
しかし、矢の雨は僕達に届く事は無く、眼下の壁に突き刺さる。
この国では魔法文化が進んでいるため、遠距離への攻撃は主に魔法が使われる。
よって、他国に比べると弓の練度が圧倒的に低く、王都の守備を担う王都守備隊ともなれば、その練度の低さは著しい。
僕と宰相閣下の想像を遥かに下回っている。
数発の魔法が撃ち込まれる事を警戒していたが、その気配もない。
王国の魔導部隊は、全てサンドラ帝国との戦線に送り込まれており、王都守備隊には魔術師がいないのだ。
宰相閣下は、王都魔法学院の魔術師が臨時で招聘されていると予測していたが、杞憂に終わったようだ。
続けて第2波、第3波と矢が撃ち込まれるが、1本たりとも外壁の上に届く事は無かった。
この現状を見ればミリアムの優秀さが際立っていると実感する。
あの歳で近衛騎士団の副団長に抜擢されたのも納得できる。
もしあの敵軍の中にミリアムがいたとするなら、僕達など1時間と掛からずに全滅していただろう。
これ程の戦力差にも拘らず、敵の遠距離攻撃があまりにもお粗末なせいか、興奮した義勇兵が雄叫びを上げた。
それに呼応するように、味方が次々と雄叫びを上げる。
たった170人の声が2万の敵兵を威嚇し、動揺し浮足立った敵兵の遠距離攻撃が完全に沈黙した――
街を取り囲むように布陣した我々は、定石通り弓での攻撃を開始する。
昨日今日に弓を持った急造の弓兵部隊では、威嚇程度の役割にしかならないだろう事は解っていた。
守勢に回れば、我々を突破できる軍など王国には存在しないだろう。
いや、レオン将軍の部隊は全くの別物だが…。
しかし我々は今、この街を攻略しなければならないのだ。
「弓兵構えー!!」
「撃ぇー!!」
前線から遠く離れた本陣にも射撃の号令が聞こえてくる。
やはり結果は散々なものだろう。
少しでも外壁の上の守備兵を威嚇する事が出来れば、光明は見えてくる。
せめて王都魔法学院から招聘した魔術師を前線で使う事が出来れば、大きく戦局が変わっていただろうが、あの豚の命令で本陣に待機している。
一体何を考えているのか…。
「報告します!」
「どうした!?」
「我々の弓兵部隊の矢は、外壁の上に全く届いておりません!」
「何だと!?」
その時、外壁の上から割れんばかりの雄叫びが響き渡った。
「今度は何だ!」
「分かりません…」
「報告します!弓兵部隊が後退しました!」
「後退だと!?馬鹿な、我々が威嚇されてどうする!」
「しかし…」
「どうしたと言うのだ、ハンク将軍!」
「バルト卿…、我々の弓兵隊が後退致しました。」
「後退?何か仕掛けてきたのか?」
「いえ、特に何も…。ただ、やはり付け焼刃の弓兵では外壁の上に矢は届かず、威嚇すら出来ません。ここは魔法学院の魔術師を前線に…」
「ならん!魔術師は私の警護が最優先だ!」
「ですが…」
「貴殿が前線に出れば良いのではないか?わざわざ王都から運んで来た破城槌も使えば良かろう。」
「しかし、弓や魔法での援護がなければ破城槌など役には立ちません!」
「こちらには2万もの兵がいるのだ、弓や魔法など無くとも何とかなろう。」
この豚は戦というものが、まるで理解できていない。
だが、この豚の命令に逆らう事も出来まい…。
「畏まりました、私が前線に出ます…。」
「うむ、期待しておるぞ。」
期待など端から感じない、ふてぶてしい顔を背に、私は本陣を後にした。
戦場にも拘らず、あの豚が近くにいないというだけで、清々しい気分になれる。
しかし我々には、これといった策など無く、力押しであの門を抉じ開けるしか無いのだ――
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