ハンク将軍の葛藤
僕は準備を整え、急いで北門へ向かった。
四方の門を繋ぐ堅牢な外壁は、ぐるりと街を囲み、長い間外敵の脅威からリィンフォルトの街を守って来た。
今となっては王国の内部に位置するこの街が戦禍に晒される事など考えられないが、かつて王国が南北に分かれていた時代、最前線の拠点だった頃の名残として、今でも堅牢な外壁がそびえ立っている。
現在では街の治安を守るために欠かす事が出来ないため、改修され続けているという話だ。
北門の上の高楼に辿り着くと、既にトラキア戦役の英雄達が集まっていた。
「遅れてしまい、申し訳ありません!戦況はどうですか?」
「ああ、この距離だと1時間後に開戦といったところだろう。」
師匠の指し示す先には、土煙を上げて街道を南下する夥しい数の人の群れが迫って来ていた。
生まれ故郷であるシルフィアの祭りでも、あれほどの人の群れを見た事がない。
改めてあの数を前にすると、恐怖が体を縛り付け、戦慄が身を震わせる。
1時間後には、あの軍と対峙しなければならないのだ…。
「さて皆の衆、これより作戦を開始する。抜かりは無いな?」
「問題ねーよ。何度もくどいぞ爺さん!」
「ジークよ、そう言うお主が一番不安なんじゃがな…。」
「ヘイヘイ、そりゃどーも。」
「褒めとらんわい!まったく、緊張感の欠片もないのぉ。ファクトよ、逆にお主は緊張し過ぎじゃ。もう少し肩の力を抜かんと、周りが見えんぞ?」
「はい…。ですが、このような大軍を前にするのは初めてでして…。」
「お主の役目は勝つ事ではない、犠牲者を最小限に抑える事じゃ。良いな?」
「はい!」
「よろしい、では各々配置に着け!」
「皆さん、御武運を!」
アルテミシア王女の激励を受け、トラキア戦役の英雄達は街の中へ消えて行った。
師匠は南門、ミラルダは東門、ミリアムは西門、そして僕は北門を守備する。
ザックスとシリウスは遊撃部隊として待機。
残るジークと宰相閣下は、自警団の館でアルテミシア王女の警護に当たっている。
敵兵は続々と集まり、街から少し離れた場所で隊列を整えつつある。
間もなく、2万の兵を相手に戦が始まる…。
森に挟まれた隘路を抜けると、目指すリィンフォルトの街の外壁が垣間見える。
例え我ら王都守備隊総員2万の兵を持ってしても、あの堅固な外壁を打ち破るのは困難極まりない。
我らに対する兵の数は、ごく少数であるらしく、野戦になる事は無い。
とすれば、我らは否応無くあの外壁を突破しなければならないのだ。
「前衛部隊より伝令!間もなく所定の位置にて隊列を展開するとの事!」
「ふむ、妙だな…。」
まるまると脂肪を蓄えた体を分厚い鎧で覆い、さながら歪な鉄の塊のようなバルト卿が軍馬の上で頭を抱えている。
「なにか気にかかる事でもございましたか?」
「ハンク将軍よ、貴殿はあのジジイの恐ろしさを知っているのか?」
「宰相フェスタ―閣下の事でしょうか?数々の武勇伝は伝え聞いておりますが…。」
「そうだ、そのジジイが、ここまで特に大きな動きは見せていない。奇襲や罠の1つや2つは覚悟していたんだがな…。」
「斥候の報告では、昨日市民を退避させて固く門を閉ざしたまま、一向に動く気配は無かったと…。」
「いや、必ず何かある筈だ。伏兵か、もしくは援軍…。そうか、読めたぞあのジジイめ!」
「と言われますと?」
「退避させた民だ!あの中に援軍を要請する伝令が紛れ込んでいたのだろう。ひょとすると、あのジジイ本人が紛れ込んでいた可能性も考えられるな…。」
「その時に王女殿下共々お逃げになられたのでは?だとすると街は囮なのかもしれません…。」
「いや、それは考え難い。王女を連れて逃げるとなると、必ず目立つからな。逃げたにしろ2万の兵から逃れる術はないだろう。」
「…やはり戦わねばならぬのでしょうか?」
「今更何を言っている、まさか怖気付いたとでも言うまいな?」
「王都を、ひいては王族、王女殿下をお守りするのが我らの大義…。そんな我らが王女殿下に剣を向けるなど言語道断!」
「貴殿はその王族たるルイス殿下の命に背くと申すか?剰え王国に仇なす暗殺者集団を匿い、ルイス殿下の御命を狙う逆賊と成り下がっておるのだぞ?」
「私個人としましては、王女殿下がそのような蛮行を行うとは信じ難く…。」
「ええい、話にならん!貴殿は街を攻略する事に専念せよ!王女とジジイは我が私兵が直々に捕縛する。」
「かしこまりました…。」
「それに、すぐさま王女を殺してしまうのは惜しい…。フヒヒ、一度味わってからでも遅くはあるまいて…。」
卑しい笑い声が、この豚に王女殿下を汚されているような嫌悪感を抱かせる。
所詮は商人上がりの卑しい人間だ。
とは言え、ルイス殿下直属の指揮官であるこの豚には逆らう事が出来ない。
蟠る気持ちを抱えたまま、私は王都守備隊全軍にリィンフォルト攻略の号令を発するのだった――
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