重なりし策謀
トラキア戦役を戦い抜き、侵略の脅威から王国を救った英雄達が興味と期待を込めた眼差しを僕に向けている。
シリウスと名乗る少年と、ミリアムだけは上の空といった感じだが…。
そもそも宰相閣下は、何故僕の考えを聞こうなどと思ったのか、戯れにしては悪質な嫌がらせである。
魔法の知識を得る事だけに今までの人生を捧げてきた僕には、戦略や戦術といった方面の基礎知識がある訳でもない。
確かに師匠と出会ってから多くの戦いを経験し、強敵達と渡り合ってきた。
しかし、そんな僕の策など宰相閣下に比べれば児戯に等しい。
それでもこの空気から逃れる術は無く、僕の考えを述べるしかないだろう。
一笑に付してもらえれば本望だ。
「あ…あの…、その前に幾つか知っておきたい事があるのですが、よろしいですか?」
「ふむ、儂らに答えられる範囲であれば教えよう。」
「…では、敵の指揮官について、可能な限りの情報を教えて頂けますか?」
「ジークよ、どうじゃった?」
「総指揮はバルトの豚野郎だ。」
「やはり、バルト卿か…。彼奴は幾つもの商会を束ね、金に物を言わせて貴族の地位に上り詰めた男じゃ。恐らく死神の大鎌とのコネクションも、彼奴の力によるものじゃろう。」
「そうですか…。では、こちらの戦力は如何程でしょうか?」
「そうじゃな…この場にいる英傑達と、リィンフォルト自警団、そして有志で集まった民兵、合わせて200にも満たないじゃろう。」
「たった200ですか…。最後に、敵または味方に援軍が加わる可能性はありますでしょうか?」
「戦況次第で敵に援軍が加わる可能性は充分に考えられる。儂らへの援軍じゃが、中立を決め込む諸侯には救援を申し入れておるが、期待は出来んじゃろうな…。」
「…ありがとうございます。」
「して、如何にしてこの窮地を脱する?」
「まず、アルテミシア王女様の身の安全を第一に考えて撤退する場合、足止めに戦力を割いたとしても、2万もの兵の追撃を振り切る事は出来ないでしょう。」
「ふむ、それは最も愚策じゃな。」
「次に街を出て迎撃するにせよ、街に籠城して戦うにせよ、やはりこの戦力差では戦いにすらなりません。」
「おいおい、戦うも逃げるも無しか!」
「黙っとれ、ジーク。問題はここからじゃ。」
「僕としては出来るだけ犠牲者を出したくはありませんし、この街を戦禍で侵されたくもありません。そしてアルテミシア王女様には、この争乱を治めるための戦力が必要です。ですから、アルテミシア王女様には、死んで頂かなければなりません!」
「貴様、殿下に死ねと申すか!不敬を通り越し、万死に値するぞ!」
傍らで僕の話を聞いていたミラルダが、怒りを露わにして立ち上がり、突剣の柄に手を掛ける。
ミリアムも同様に立ち上がり、強い殺気を放っている。
「止めんか二人共!儂らはアルテミシア様を救う策の話をしておるんじゃ、逝去されてしまっては本末転倒じゃろう。」
「まぁ落ち着いて座れ、嬢ちゃん達。話は最後まで聞くもんだぞ?」
「ジーク…まったく、お主が言うでない。」
ミラルダとミリアムは怒りを押し殺し、納得いかないといった表情で荒々しく席に座った。
僕の言い方が悪かったのは認めるが、危うく命を失うところだった。
次からは気を付けなければならないだろう。
「って事は、姫さんに死んだフリさせようって話か?」
「ふむ、その通りじゃ。さて、この辺で良かろう…ファクトよ、この策の詳細は恐らく儂と同じじゃろう。その才覚は称賛に値する。」
「とんでもございません!僕なんて、その…まだまだで…」
「アイリスよ、良い弟子を持ったな。」
「ああ、私には勿体ない弟子だ。」
あの宰相閣下に褒めて頂けるとは光栄の至りである。
だがそれ以上に、僕に向けられた初めて目にする師匠の温かい微笑みが、僕にとって何より嬉しいものであった。
そんな小さな幸せに満ちたこの街を、ひいてはこの国を救わなければならない。
風雲急を告げるアルフォード王国、そしてリィンフォルトの街で僕達の戦いが始まろうとしていた――
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