宰相、フェスタ―卿
ミラルダの先導で辿り着いたのは、僕達が数日前に訪れた事のある、自警団の本部として使われていた館だった。
外観や内装に大きな変化は無く、依然として趣味の悪い調度品が並んでいる。
館の一角にある広い会議室に入ると、正面にはアルテミシア王女、そしてその傍らに質素な青いローブを身に纏った老人が鎮座していた。
僕達の入室に気が付いたアルテミシア王女は、勢い良く立ち上がり、大きな瞳を潤ませて叫んだ。
「アイリス!ミリアム!良かった…、心配したのですよ!」
「済まない、心配をかけた…。」
「もったいなき御言葉、ご心配をお掛けして申し訳ございません…。」
そう言って師匠とミリアムが深く頭を下げたので、僕もそれに倣う。
「今回の働き、誠に大義でした。私のためだけでなく、多くの民の安寧が約束されるでしょう、心より感謝しております!」
アルテミシア王女もまた、僕達に対して頭を下げた。
王女という高貴な立場にあっても、高慢な態度は取らず、礼節を弁え、身分を問わず頭を垂れる。
アルテミシア王女が多くの民に慕われる理由は、こういったところにあるのだろう。
「よせ、私達は当然の事をしたまでだ。それよりもエロ爺、ミリアムの足を診てやってくれ。敵に不覚を取って、思ったよりも重症かもしれん…。」
まさか、あの威厳など全く感じない、青いローブのみすぼらしい老人が宰相閣下なのか?
確かに、師匠はエロ爺と呼んでいた…。
僕が勝手な誇大妄想をしていたのは仕方のない事だろうが、だとしても天下の宰相閣下が、あのようなみすぼらしい老人だったとは拍子抜けである。
「良かろう。まったく、久方ぶりの再会じゃというのに人使いが荒いのぉ…。」
「つべこべ言わずに早くしろ!」
「その短気も相変わらずじゃな…、嫁の貰い手も見つからんぞ。」
みすぼらしい老人は、苛立つ師匠を尻目に、ミリアムの左足に巻き付けられ、黒い血に染まった布を解くと、入念に傷口を観察している。
そして老人は、見た事も無い術式を組み上げ、傷口に魔法を注ぎ込む。
治癒魔法――
この分野の魔法は僕も学んでおきたかったのだが、シルフィア魔法学院の蔵書にも一切の記述はなく、習得する事が出来なかった。
全ての治癒魔法は教会によって管理され、門外不出の秘術として扱われているために、教会でも高位の者にしか使用を許されていないのだ。
ミリアムの傷が、光に包まれながらゆっくりと塞がってゆく…。
「破傷風の兆候が表れておった。あと少し遅れていれば危ないところじゃったな…。」
「ありがとうございます、フェス爺様。」
「ほっほ、無事でなによりじゃ。アイリスよ、お前さんも怪我をしているようじゃが?」
「私のは大した傷じゃない、大丈夫だ。」
確かに師匠は肩口から胸の辺りまで血液の刃に斬られ、切り裂かれた服の隙間から傷口が露わになっている。
「強がっとらんで診せてみんか…、いや見せてくれ!頼む!」
…老人の鬼気迫る表情を見ると、師匠がエロ爺と呼んでいた理由を理解した。
「死んでも断る!」
「つれないのぉ…」
師匠に睨まれ、残念そうに席へ戻ろうとした老人は、さり気なく師匠の尻に手を伸ばし、ニンマリと微笑む。
「ミリアムの治療の駄賃じゃ、釣りはいらんぞ。」
「こぉの、エロ爺が!!」
本気で術式を展開し始めた師匠を、僕とミラルダで何とか取り押さえ事なきを得るが、師匠の怒りが収まる事は無く、暫くの間、宰相閣下に向けられた視線に強い殺気が宿っていた。
温かい飲み物が運ばれ席に着いた僕達は、死神の大鎌の居城で起きた出来事を報告する。
ブラッドとの死闘の詳細を聞いた宰相閣下は、じっと僕を見つめて感心したように頷く。
その双眸は先程の色情狂の眼とは違い、宝物を見つけた子供のような輝きを宿している。
宰相閣下に認められるなど身に余る光栄だが、エロ爺たる一面を見てしまった後では、その喜びも半減してしまう。
沸き起こる複雑な感情と闘っていると、アルテミシア王女と宰相閣下が在室しているにも拘らず、荒々しく広間の扉が開け放たれた――
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