死神の最期
蹲るミリアムの怪我の状態を確認すると、血液の散弾が脹脛を貫通したようで、大量の血が流れている。
骨に異常はなさそうだ。
僕の右肩は皮膚を抉られた程度で、戦闘には支障がない。
僕は服の袖を引き裂いて、ミリアムの止血処置を済ませた。
「立てますか?」
「ああ、問題ない…。」
彼女は苦痛の表情を浮かべながらも、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳には強い意志が宿っている。
それは忠誠心だけではなく、命を賭して主を守る騎士の心を持った眼だ。
「ミリアム、後は私達に任せて下がっていろ。オマエに何かあったら、私がミラルダに殺される。」
師匠は精一杯の苦笑を浮かべてミリアムを引かせようとするが、彼女は首を横に振り否定する。
「これはアル様のための戦いだ。足が千切れようと、腕をもがれようと、噛みついてでも私は戦う!」
これはもうアルテミシア王女本人でも止める事は難しいだろう。
それに、ブラッドを倒すための策には、彼女の力が必要不可欠なのだ。
「わかりました…。では、献策します。」
ブラッドの周囲に再び血液が集まり、螺旋状に漂っている。
もう時間がない。
僕は彼女達に、簡潔に行動だけを伝えた。
ブラッドに僕の狙いを気取らせる訳にはいかない。
僕の策は敵の思い込みを攻める事なのだから。
「――以上です。」
僕の指示を伝えると彼女達は強く頷き、すぐに行動を開始する。
僕の真意を理解してくれているようだ。
何より、僕の策を信頼してくれている。
失敗は許されない、必ずブラッドを倒して見せる。
彼女達は左右に散開し、僕は後方で術式を展開する。
ミリアムは足を引きずるように移動しているが、矢を放つ事は可能だろう。
むしろ、手負いの状態を利用してしまった自分に負い目を感じてしまう。
案の定、ブラッドは曲刀を構え、ミリアムに向かって突進してきた。
数的にこちらが有利な状況で、それを覆すためには確実に数を減らしておきたいところだろう。
ミリアムは僕の指示通り、左右と上方に大きく弧を描く軌道で3連続の矢を放つ。
上方に向けて飛んだ矢は、ブラッドを通り過ぎた。
ブラッドは左右から迫る矢に対して、拳大の血液を切り離して対処する。
それと同時に、師匠が側面から魔法を叩き込む。
「高圧爆縮火炎魔法!!」
やはりブラッドは残りの血液をドーム状に展開し、盾を作り出した。
しかし、今回の盾はミリアムの2本の矢に対応したために、血液の量が少なく、脆くなっている筈だ。
強力な爆風が血液の盾を吹き飛ばす…が、ブラッドにダメージはないようだ。
これで決めてしまいたいところだったが、やはりそう簡単にはいかない。
しかし、僕の策はこれで終わりではない。
次にブラッドは、確実に血液の散弾で反撃に転じて来る筈だ。
予想通り、術式展開中で動かない僕と手負いのミリアムに向かって、血液の散弾が襲い掛かる。
「高圧爆風竜巻魔法!!」
術式の展開が間に合うか不安ではあったが、絶妙なタイミングで師匠の魔法が発動し、襲い掛かる血液の散弾を弾き飛ばした。
そこでミリアムが必殺の矢をブラッドの急所に向かって放つ。
散らばってしまった血液では、この攻撃に対処する事は不可能な筈だ。
しかし、師匠の魔法で飛び散った血液が床や壁に反射して、ミリアムの矢を叩き落してしまった。
これには僕も驚いてしまったが、まだ最後の手段が残っている。
魔力を使い果たした師匠が、膝から崩れ落ちる。
僕達に残された攻撃手段は、ミリアムが持つ最後の矢と、展開中の僕の術式だけ…。
これで確実に決めるしかない。
再び集結するブラッドの血液。
そこへ僕の魔法と、ミリアムの最後の矢を撃ち込む。
ブラッドは床に血液の盾を展開し、切り離した血液で矢を迎撃する。
その瞬間、ニヤリと笑うブラッドの表情が驚きと怨嗟に満たされる。
「ば…かな!一体どこから…」
前のめりに倒れるブラッドの背中に突き刺さった矢から大量の血が噴き出し、床に展開していた血液が急速に魔力を失い、ひび割れた床に広がった。
思い込み――
ブラッドもまた、シャズと同じように思い込みによって倒れたのだ。
師匠が最初に放った爆炎魔法、その時天井が崩れて瓦礫がブラッドに当たった。
これはブラッドの血液が自律して動いていない事を意味し、視界に入らない物は血液を使って対処する事が出来ないと推測できる。
そして僕は、戦いの初めから氷結系の魔法しか使わなかった。
ブラッドは僕が氷結系の魔法しか使えないと思い込んでいたのだ。
その結果、ブラッドは最後に僕が氷の吐息を使うと思い込み、床に血液の盾を展開させた。
ミリアムが放った最後の矢は、集中させ視界を狭めるための囮に過ぎない。
本命の矢は、最初にミリアムが上方に撃ち、ブラッドの後方に向かった矢なのだから。
あの矢は僕の最後の一手のための布石だった。
あの矢を操作し、死角からブラッドに止めを刺すためにシャズの魔法を使ったのだ。
僕はその術式を知らなかったために、展開に時間がかかってしまったが、無事にブラッドを倒す事が出来た。
「師匠、ミリアム、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。」
「終わった…のか?」
「はい、ブラッドは僕が倒しました…。」
「そうか、良くやった…。オマエならやれると信じていたぞ…。」
「ありがとうございます!僕に戦う事を教えてくれた事、そして何より僕を信じてくれた師匠のお陰です!」
「何を言っている…、これはオマエ自身の力で勝ち取った、オマエの勝利だ…」
「僕自身の力…」
「帰るぞ、アルテミシアが首を長くして待ってる筈だ…」
僕は師匠に肩を貸し、引きずるようにして帰路に着いた。
ミリアムも足を引きずりながら後に続く。
僕達は、この過酷な作戦を戦い抜き、勝利したのだ。
傷を負いボロボロになりながらも、その足取りは重いものではなかった――
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