死神の居城
街道を北上する僕とミリアムは、逸る気持ちを押さえて黙々と歩き続ける。
勿論、何故かはわからないが険悪な雰囲気の僕達2人の間に会話などなく、無言で石畳の上を進んで行く。
突然立ち止まったミリアムは一言だけ
「こっちだ。」
と指示を出し、街道を西に外れた林の中に入って行く。
やはり僕には、この暗闇の中で移動した痕跡を見付ける事は出来ない。
自信に満ち溢れた彼女の目には、一体何が映っているのだろうか。
それを聞こうにも、今の彼女に僕の言葉は嫌悪感しか与えないだろう。
碌な返答は期待できない…。
ミラルダ様を捜索した時よりも木々の密度は低く、月の光がしっかりと足元を照らしてくれている。
先程は何度か木の根に足を引っかけて転びそうになったが、これならば安全に歩く事が出来る。
しかし、そんな状況であっても、僕には敵陽動部隊の足跡一つ見付ける事は出来ない。
僕はミリアムの目を信じて付いて行くしかないのだ。
街道から200メートル程進んだ所で、乾燥していない木で干し肉を焼いたような奇妙な匂いが漂ってきた。
匂いの元へ近づくにつれ、ミリアムの足も早まって来る。
その先で待っていたのは、焦土と化した林だった。
半径50メートル程の円形が一面煤に覆われ、地面さえも抉れて真っ黒に染まっている。
一体どれほどの熱量が発生したのか想像もつかないが、こんな現象を引き起こすのは魔法の力以外に考えられない。
これ程の熱量を発生させる魔法を使う者など、師匠以外にはいないだろう。
ここで師匠は敵陽動部隊と戦い、瞬殺したに違いない。
例え師であったとしても、これ程の魔法の痕跡を見せられれば、背筋に悪寒が走るほどの恐怖を感じてしまう。
これが、近隣諸国を畏怖させるウォーロックの力の本質なのだろう。
「何を呆けている、行くぞ!」
ミリアムの苛ついた声に我に返ると、彼女は既にこの焦土の反対側に辿り着いていた。
慌てて僕も彼女の元へ駆け出す。
これ以上彼女を苛立たせる訳にはいかない。
これから協力して敵と戦う可能性もあるのだから。
と言っても、師匠が本気を出せば僕達の出る幕などないかもしれないが…。
一方その頃、アイリスは両腕を失って逃げ帰るギーグを追って、森の中を進んでいた。
足の震えも随分と治まり、荒れた心も平静を取り戻しつつあった。
もう大丈夫だ、戦闘に支障はない。
これから敵の親玉と一戦交える事になるのだから。
20メートル程先を無我夢中で突き進むギーグは、遂に敵の拠点と思われる廃墟と化した館の中に消えて行った。
ひび割れた窓の奥に薄っすらと灯りが見える。
ここで間違いないだろう。
かつて栄華を誇ったその館は、城と言ってもおかしくない程の大きさでそびえ、所々に点在する見事な装飾を見ると、かなりの経済力を持った貴族の物だった事が伺える。
しかし正統なる主を失い、長い年月風雨に晒され、朽ち果て瓦解したその様はまるで主の無念を宿した怨霊のように見えた。
まさに死神の居城には相応しい佇まいだ。
私は注意深く、朽ち果てた館に潜入する。
どれほどの敵が待ち構えているのか見当もつかない。
それに、死神の大鎌の首領ブラッドが、どんな危険な能力を持っているのか解らない。
正体の解らない敵と戦う時は、少しでも情報がないと圧倒的に不利な状況に陥る可能性もある。
奇襲をかける前に、まずは隠密に様子を伺い、情報を集めるべきだろう。
私は気配を消し、音を立てないように注意しながら、敵の拠点と思われる館に
潜入した。
身を隠しながら、カビ臭い廊下を進む…。
敵の気配は感じないが、探知系の能力を持った者が敵の中にいれば発見される恐れもある。
その場合、逆に私が奇襲されてしまうだろう。
しかし、一向に魔法の気配すら感じる事は無かった。
廊下の先は広間に続いており、広間を閉ざす扉は朽ち果て、中の様子がはっきりと伺う事が出来る。
そして何より、広間の中だけ燭台に火が灯り、朽ち果てた広い空間を照らしている。
私はカビ臭い床を這うように広間の入り口に近付き、注意深く中の様子を観察する。
広間の中に佇む影は3つ。
1つは私をここに案内したギーグだ。
もう1つの、腕を組み壁にもたれかかっている男はシャズと言ったか…。
シルフィアを出た際に襲い掛かって来た暗殺者だ。
確かにあの時、自ら死神の大鎌だと名乗っていた。
そして最後の1つ、ここからでは顔を確認する事は出来ないが、瓦礫に腰掛けただならぬ気配を放っている男…。
あれが死神の大鎌の首領ブラッドなのだろうか。
他に人影は見当たらず、気配もしない。
どうやら敵は、たった3人しかいないようだ。
ブラッドの能力は解らないが、残る2人の能力は知っている。
知っているが、どちらも強力な能力である事は、闘いを通して実感している。
奇襲を掛けて仕留める事が出来るのか解らない。
何より、あの力はもう使いたくない。
このままもう少し様子を伺い、機を見るしかないだろう――
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