凍結の刃
敵の指揮官は漆黒の外套を身に纏い、街道を南へと走り出したアルテミシア王女の乗る馬車に向かって迫り来る。
それはまるで、殺意を乗せて吹き抜ける一陣の黒き風のようだ。
闇に浮かぶ蒼く輝く瞳は、真っ直ぐにアルテミシア王女の乗る馬車を見据え、進路に立ちはだかる近衛騎士達など眼中にない。
僕は全力で氷の吐息の術式を組み上げる。
僕の魔力では、一瞬の隙を作る程度の事しか出来ないかもしれない。
だが、一瞬でも敵の動きを止める事が出来るならば、近衛騎士達が反撃するチャンスが生まれる。
あと5歩もすれば黒き風は近衛騎士達と接触してしまう。
間に合え、間に合ってくれ…。
僕の焦りとは裏腹に、青白い文字がゆっくりと僕の手の周りに流れて行く。
もう少し…もう少しで!
近衛騎士達は左手に盾を構え、右手に持った槍を突き出す。
その瞬間、術式が白く点滅して展開を完了した。
「氷の吐息!!」
僕は腹の底から術名を叫び、黒き風が跳躍のために力強く踏み込んだ右足に叩き込んだ。
一瞬で黒き風の右足を包み込んだ冷気は、凝固を始める…筈だった。
不発――
僕の放った魔法は、確実に凍結させる事が可能な程の冷気を生み出していた。
しかし黒き風には一切影響がなく、近衛騎士達が突き出した槍を潜り抜け、僕達の上を飛び越えて、隊列の裏に回り込まれてしまった。
最早、黒き風の前に立ちはだかる障害はなく、アルテミシア王女の命が奪われてしまうかもしれない。
今から術式を組み上げても、もう間に合わない。
僕の背中から冷たい汗がにじみ出る。
悔しさに歯を食いしばり、黒き風の背を見上げた瞬間、彼は大きく飛び退き足を止めた。
その先には、長剣を構えるザックスの姿があった。
その機に乗じて近衛騎士達が黒き風を取り囲む。
「その太刀筋どこかで…。」
黒き風はそう呟いて、近衛騎士達、そしてザックスを睨みつける。
「まあ良い…。面倒だが、貴様ら全員を殺さねば先へ進めぬらしいな。」
黒き風がすっぽりと頭を覆うフードの下でニヤリと笑う。
「戯言を!ここで死ぬのはお前の方だ!」
そう言ってパーシバルと呼ばれた近衛兵が、黒き風に向かって飛び出し、盾を構えながら槍の連撃を放つ。
電光石火の如く繰り出される槍の連撃を軽々と躱してゆく黒き風。
そして、漆黒の外套の中から飛び出した蒼白の刃が、横一文字に空を斬った。
黒き風の反撃に合わせ盾を構え、防御態勢を取るパーシバルだが、盾をなぞるように斬り抜けた刃の軌跡が一瞬で凍り付き、凍り付いた盾が地面に転がった。
盾を支えていたパーシバルの左腕にも氷が纏わり付いている。
そして続け様に放たれた黒き風の縦方向への斬り下ろし。
パーシバルの頭から体の中心一直線に、氷の棘がミシミシと音を立てて連なるように生え出し、そのまま背中から倒れてしまった。
倒れた衝撃で砕けた氷の棘が宙に舞う。
パーシバルはピクリとも動かない…。
あの蒼白の刃は魔法ではない…。
タトゥーによる瞬間発動型の魔法ではなく、術式も展開されていなかった。
とすると、あれは…
「魔法の武器!」
物質に永続的な魔法を宿す研究は、古くから我が国とトラキア公国の共同で行われてきた。
しかし、両国間の情勢の変化で随分昔に研究は凍結され、現在ではその技術がどのような経緯で流入したのか、サンドラ帝国で今なお研究が続けられているという。
その中でも武器に魔法を宿した兵器、魔法の武器は強力な力を持っているが、世界に数本しか存在しない希少品であり、国家予算に匹敵するほどの値が付くと噂されている。
それが今、僕の目の前に現れたのだ。
「ほう…我が刃を見切るか。面白い!だが、見切ったところで貴様らの運命は変わらない。」
近衛兵達の間に緊張が走る。
やはり近衛兵達も魔法の武器の存在を、知識として持っているようだ。
そして今まさに、その恐ろしさを目の当たりにして、額に汗を浮かべている。
魔法の武器を持つ強敵を前に、僕達の死闘は幕を開けた――
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