勝利のための戦略
一方フォルティス川では、アルテミシア王女の乗る馬車を取り囲む近衛兵達の中に、強い緊張感が走る。
フォルティス川の向こうから現れた敵の指揮官から、ただならぬ気配が感じられるのだ。
「君達2人は後方へ下がりなさい!」
「わかりました!」
僕とザックスは、川の反対側にある街道へと向かった。
その間も敵の指揮官は、悠々とこちらに歩み寄って来る。
威風堂々としたその姿には、実力に裏打ちされた自信が満ち溢れ、まるで近衛兵など相手にならないと語っているようだ。
敵の能力、武器、戦い方、そして魔法が使えるのかすら解らない。
近衛兵の実力は充分に理解している。
国内でも有数の実力を誇る部隊である事は間違いない。
しかし、その10人の近衛兵と僕達2人を合わせても戦えるのは12人足らず。
たった12人で勝てるのだろうか…。
敵の放つ雰囲気、そしてあの行動はブラフである可能性もあるが、それは考え難い。
僕の探知魔法が反応していないという事は他に仲間はいない。
暗殺者が、たった独りで敵の前に堂々と姿を現すという事は、この場にいる全員を抹殺する事が可能であると考えるべきだろう。
正体の解らない強敵に弄する策などない。
しかし、戦闘が始まる前に何か手を打たなければ、アルテミシア王女を守れないどころか、ここにいる全員が殺されてしまうかもしれない。
僕は必死に考える…何か策を、正体の解らない強敵に勝つための策を…。
勝つ…?
僕達の勝利とは、そもそも戦って敵を全滅させる事なのだろうか?
師匠が考えたこの作戦、行軍は何のためのものだったのか…。
万全の態勢で敵を誘き出して、それを迎え撃つ。
確かに師匠はそう言っていた、近衛兵達もそう考え行動している。
完全なる勝利というならば敵を全滅させる事だろう。
しかし、この作戦の勝利条件とはアルテミシア王女を無事に帰還させる事ではないだろうか?
僕達は既に充分な戦果を挙げている。
後は勝利するために、アルテミシア王女を帰還させるべきだ。
それに師匠達が未だに戻らないのは、敵の拠点に向かっているからだとも考えられる。
それに敵の拠点を潰せば、アルテミシア王女の危険が減るばかりか、国内に蔓延る最大の暗殺組織を壊滅に追いやる事が出来る。
僕は近衛兵に駆け寄り、僕の考えを伝えた。
「敵を背に撤退せよと?」
「はい…。」
「我々騎士にとって戦わずして敵に背を向けるなど、あってはならぬ行為だ。それを理解した上での進言か?」
「しかし、僕達の勝利はここにはありません。アルテミシア王女の命と騎士の誇り、どちらが大事なんですか!」
「…撤退に勝利を見出すか。我々にとって撤退とは敗北でしかない。しかし、アルテミシア殿下の御身を御守りする事が我々の最も重要な任務である。」
「では!」
「君達がアルテミシア殿下をお連れして撤退してくれ。我々が殿軍を務める!」
「いいえ、僕達だけではこの先もアルテミシア王女を御守りする事が出来ません。僕が残って敵の足止めをします!」
「自分も残って戦います!」
いつの間にか僕の後ろに立っていたザックスは、真剣な表情で殿軍に名乗り出た。
「君達は死ぬ覚悟が出来ていると?」
「ここで死ぬつもりはありません!師匠を捜さなくてはいけませんから。」
「…皆、聞いていたな!ガウェイン、パーシバル、ガラハド、それにファクトとザックスは私と共に殿軍だ。残りの者は速やかにアルテミシア殿下をお連れしてリィンフォルトへ向かえ!」
「ありがとうございます!」
「言っておくが、これは撤退ではない。勝利のための戦略だ!」
騎士としての矜持なのだろう、あくまで撤退ではなく戦略だと言い放ち、彼らは行動を開始した。
アルテミシア王女を乗せた馬車は街道を南へ全力で駆け出す。
その先にはミリアムが向かっている筈だが、無事に敵の陽動部隊を排除できているだろうか…。
もし万が一ミリアムが敗れていたとしたら、今頃背後から奇襲を受けている筈だ。
ミリアムもまた敵の拠点に向かっていると考えられる。
走り出す馬車を凝視していた敵の指揮官は、ゆるりと歩いていた歩調から一変し、風のように馬車に向かって駆け出した。
僕達は何としてでも敵を足止めしなければならない。
近衛兵達は盾を構え、僕は術式を展開して、迫り来る強敵に立ち向かった――
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