城の王女と獣の少女
私と、私を森から連れ出した女は、200人程の騎士団と合流して王都へ向かった。
どうやらこの部隊は、隣国のフェニキアから襲撃してきた傭兵部隊と戦い、無事勝利を治めて帰還する途中だったらしい。
この部隊を率いるミラルダと名乗る女は、その残存兵の掃討のため本隊を離れ、単独で私の森に逃れた傭兵を追っていたのだと言う。
私は、こんなにも多くの人間を見るのは初めてだった。
そして何より、人間に対する恐れが未だ拭い去る事の出来なかった私は、ミラルダの陰に張り付いて、全ての人間に警戒の念を抱いていた。
しかし騎士団の面々は、そんな私に対して家族のように接して来る。
まだ出会って間もないというのにも関わらず…。
そして、王都まで3か月の道程の間に、私の人間に対する疑念や恐怖心が次第に薄れ、ミラルダがいなくとも兵士達と普通に会話出来るまでになっていた。
王都に着くと、私の知っている世界がどれほど小さいものだったのか痛感させられた。
見る物全てが鮮やかな色彩を放ち、建ち並ぶ巨大な建造物に圧倒される。
中でも、都の中心にそびえる王城は息を飲むほど巨大で、近付くほどに気を失いそうになった。
これからここに住む事になると聞かされた時は、頭が真っ白になり、震えが止まらなかった。
これから主人として仕える事になる高貴な御方に拝謁するべく、湯あみをして身なりを整え、ヒラヒラでキラキラの見た事も無いような服を着せられた。
どうも足がスースーして落ち着かない。
取り上げられそうになった私の大切な弓を奪い返し、背に掛ける。
これだけはどうしても譲れない。
私の世話をしていた女達が困惑していたが、私の必死の抵抗に折れて仕方なく携行を許してもらえた。
矢筒に入っていた矢は全て没収されたが…。
そしていよいよ主人の部屋に通された私は、とても煌びやかで落ち着きがある部屋の雰囲気に絶句する。
荘厳という言葉は、この部屋のためにあるのだと思う程だ。
萎縮しながら恐る恐る、先にこの部屋で私を待っていたミラルダの後ろに辿り着き、彼女に倣って膝を付く。
何も言われていないのに体が勝手にそうさせるのだ。
そして私は恐る恐る顔を上げ、私の主人となる高貴な御方の顔を覗き込んだ。
まるで太陽のように眩しいその姿に、私は目を見開き言葉を失った。
「アルテミシア殿下、この娘が遠征先で保護した件の少女、ミリアムです。」
そう言ってミラルダは振り返り、私を見つめた。
暫しの沈黙…そして――
「ぷっ…」
「ククク…」
「あはははは!」
私の主人となる好奇な御方、アルテミシア殿下とミラルダは、私を見て涙を浮かべながら笑っている。
私に何か可笑しなところがあるのだろうか…。
困惑して小首を傾げる私を見て、二人は更に激しく笑う。
「ククク…済まない、その…ドレスに弓というのが、クク…あまりに滑稽過ぎて…」
ミラルダは必死に笑いを堪えようとしているが、すぐに吹き出してしまう。
「そうですね…それはあまりにも奇抜な発想で…」
アルテミシア殿下も右手で口元を押さえ、涙を拭っている。
それほどまでに私の格好は変なのだろうか…。
私には理解できない。
それに、この弓だけは手放したくない。
「礼儀作法や最低限の教養なども教えねばなりませんね。」
やっと落ち着きを取り戻したミラルダが、未だ笑い続けているアルテミシア殿下にそう告げる。
「そうですね…。ただ、この娘にとって宮仕えの侍女よりも、貴女のように近衛として警護を任せる方が良いかもしれませんね。」
「そうかもしれませんが、危険が伴う仕事ですので承服しかねます。」
「ではミリアム本人に決めて頂きましょう。私の身の廻りの世話をして頂く侍女となるのか、私の身を護る近衛となるのか…」
「どうだ?ミリアム。勿論、普通に街で暮らす事も可能だぞ?」
アルテミシア殿下の身の廻りの世話をするという事は、礼儀作法や教養を身に着けなくてはならないだろう。
一方、近衛になれば危険に晒されながら、アルテミシア殿下を御守りするために戦わなくてなならない。
迷う事などない。
私には戦う事しか出来ない。
「…私は近衛を選びます!」
「そうですか…。貴方の思い通りになりましたね。」
「一体何を仰って…私はそのような事は一度も…。」
「貴女の報告を聞いていた時点で気付いていました。戦う者として何か感じるところがあったのでしょう?」
「いえ、そのような事は…。」
「嘘はいけませんよ。」
そう言ってアルテミシア殿下は優しく微笑む。
「まったく、アルテミシア殿下には敵いませんね…。感服致しました!」
そしてアルテミシア殿下は立ち上がり、透き通るような威厳のある声で私に告げた。
「それでは、ミリアムよ。貴方は本日を持って近衛見習いとして私の警護に努めなさい!」
私はアルテミシア殿下に深く頭を下げ、忠誠を誓うのだった。
それからというもの、私は日々訓練に明け暮れ、瞬く間にミラルダの副官の地位にまで上り詰めた。
元々才能があったのだと、たくさんの人達に褒めてもらったが、私には自覚がない…。
アルテミシア殿下は慈しみを持ち、私に色々な事を教えて下さった。
獣に成り下がっていた私を家族のように接して頂き、私は人間に戻れた。
そして、アルテミシア殿下の御傍に仕えるうちに、アルテミシア殿下の人柄に触れ、口先だけの忠誠ではなく、心の底からアルテミシアを信頼し、絶対の忠誠を誓うようになっていった。
この御方だけは何があろうと守り抜く。
それが私の生きる意味なのだと、実感するのだった――
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