鉄壁の将と輝剣の戦い
敵の囮部隊を追って暗い森の中を駆け抜けた私は、3方を崖に囲まれた窪地に辿り着いた。
その中央には重装甲に身を包んだ敵兵が独り。
30人程いた残りの敵の姿が見えない。
これは明らかに敵の罠だろう。
しかし、いかな罠だろうと関係ない。
私は目の前の敵を屠るだけ…、ただそれだけだ。
腰に下げた特注品の突剣を引き抜き、縦に構える。
「私はアルフォード王国近衛兵士長、ミラルダ・アインハルト!」
私に対峙する敵は、私の名乗り口上を聞き流し、分厚い盾の陰から鋭い視線を向けている。
「貴公も武人の端くれなら名乗ったらどうだ?それとも名乗る程の名も持たぬというのか?」
「下らん騎士の礼儀作法に付き合うつもりはない…が、武人として名乗ろう。俺の名はライナス!」
「感謝する!ではライナス殿、貴公に敬意を払い、推して参る!」
と、威勢良く言ってはみたものの、微塵の隙も見当たらない。
ライナスは身の丈の7分程の巨大な盾を構え、全身に隙間の無いプレートメイルを纏っている。
機動力こそないものの、その防御性能はかなりの物だ。
部隊同士の大規模戦闘ではそれ程脅威ではないが、対個人戦で撃破するのは難しいだろう。
もし魔術を使える者が味方にいるのならば、苦戦を強いられる事は無い。
だが、今の私に味方もいなければ、魔術が使える訳でもない。
己の剣の技を信じるのみだ。
私が最も得意とする機動力を活かし、盾の裏に回り込みプレートメイルを突き破るしかない。
しかし、迂闊に近寄るのは危険だ。
巨大な盾に隠れて、ライナスが利き手に持っていると思われる武器が見えない。
いや、ここは行くしかない。
盾に隠れて見えないという事は、大振りで破壊力が大きい武器ではないと思われる。
小振りで小回りの利く近接武器の可能性が高い。
それなら、回避に専念すれば避けられるだろう。
私はジリジリと間合いを詰め、機を見てライナスの側面から後方に飛び込む。
そしてライナスの両手に注視し、武器を見極める。
無手――
ライナスは両手で巨大な盾を支えるように構えている。
確かにこのような巨大で重量がある盾を片手で扱う事は、特殊な能力でもない限り不可能だろう。
背後からの一撃、これならば鎧の強度にもよるが、致命傷を与える事が出来るかもしれない。
私は咄嗟に、ライナスの背中に向かって全力の突きを放つ。
その時、ライナスの持つ盾が左右2つに割れ、私の突きを跳ね返した。
その反動で大きく態勢を崩し、後ろへよろける。
そこへ追い打ちをかけるように、空を切り裂く無数の音が私を襲う。
私は即座に飛び退き、転げ回るように更に後方へと回避するが、右足と左肩に激痛が走る。
どうやら、バラバラと雨のように降り注ぐ無数の石礫に襲われたようだ。
警戒してはいたが、消えた30人の敵は崖の上からスリングを使い、私の隙を狙っていたようだ。
鉄壁の守りを誇るライナスに仕掛けると、スリングからの投石に晒されてしまう。
一方、邪魔なスリング部隊を排除しようにも、崖の上に布陣されては手が出せない。
この危機的状況に、背筋から冷たい汗が流れる。
ライナスには私に致命傷を与えられる武器がない…、注意すべきはスリングによる投石攻撃のみ。
やるしかない…。
ズキズキと投石に撃ち抜かれた右足が痛む中、私は大きく息を吸い込み、精神を集中させる。
全速――
私はライナスを中心に円を描くように駆け回る。
これでスリングの標的にされる事はないだろう。
下手に撃てばライナスにも被弾してしまうのだから。
いや、被弾したところで、あの防御性能ならば影響はないと思われる。
しかし、石礫は飛んで来ない。
どうやら敵も躊躇しているようだ。
そして、全力――
ライナスは私の機動力に翻弄されている。
私はライナスの背後に回る度、背中の一点に向かって全力の突きを放つ。
ライナスの2つに分かれる盾の防御も間に合っていない。
上等な鎧らしく、私の全力の突きを通さないが、弾かれた反動を利用して再び駆け回り、何度も背中の一点に全力の突きを放つ。
4撃、5撃…
8撃、9撃…
心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打つが、止まる事は出来ない。
止まればその瞬間、スリングの一斉射撃が待っているのだから。
12撃、13撃…
17撃、18撃…
19連撃目、ライナスのプレートメイルがミシリと音を立て、小さな亀裂が走る。
そして20連撃目、遂に私の突きはライナスの硬いプレートメイルを貫き、深々と肉を抉り、心臓に突き刺さる。
突剣を引き抜くと、ライナスは血飛沫を盛大に吹き上げ、前のめりに倒れ土煙を巻き起こす。
私はライナスを打倒したが、まだ終わりではない。
全速の勢いを殺さず、回り込むように崖を駆け昇り、スリングを構える敵部隊を排除する。
一突一殺。
これぞ、王都のみならず近隣諸国にまで謳われる私の二つ名『輝剣』の真骨頂。
辺りに濃い血の匂いが立ち込め、静寂が訪れた。
私は安堵と共に片膝を付き、胃の中の物を吐き出した。
心臓が張り裂けそうなほど鼓動を繰り返す。
随分久しぶりに無茶をしたものだ…。
そう、あれはトラキア戦役以来か。
王国最強の魔術師アイリス…彼女が絡むと、いつもこうだ。
だが、アルテミシア殿下には彼女が付いている。
私の居場所は何があろうと彼女が守ってくれる。
私は普段見せる事のない微笑を浮かべ、意識を失った――
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