フォルティス川の戦い
川の対岸に群れを成す暗殺者の集団は、一斉に突撃を開始した。
狂ったように雄たけびを上げ、川に沿って一列に布陣するこちらに殺到して来る。
「こちらも前進して下さい!」
僕は隣に布陣する近衛兵に前進の合図を送った。
「各員、前進!!」
近衛兵達は一斉に剣を構え、川の中へと進んで行く。
全身に重い鎧を纏っている近衛兵達にとって、軽装で動きの素早い敵を相手に、身動きの取りにくい川の中での戦闘は愚策以外の何物でもない。
敵もそれに気付いているのか、こちらが川に進入すると突撃の勢いが増した。
敵の先頭は川の中程まで到達し、腰の辺りまで水に浸かっている。
「今です、後退して下さい!」
敵の軍勢が、ほぼ全員川に進入したタイミングで、僕は近衛兵に号令を発した。
近衛兵達は踵を返し、剣を捨て、逃げるように川岸に駆け上がった。
敵の軍勢は嘲笑のような雄たけびを上げ、更に突撃のスピードを増して行く。
逃げ腰の近衛兵の姿を見て、敵の士気は最高潮に達した。
ここまでは作戦通り、後は僕の出番だ。
僕は、凄まじい殺気を放つ敵の集団に恐れを抱きながらも、集中力を高めて術式を組み立てる。
そして、青白い術式の光は川面に消え、氷の凍土の魔法が発動する。
急速に冷やされた川の水が、上流から敵の軍勢を呑み込み、最高潮に達していた敵の士気をどん底に叩き落した。
怨嗟の声を上げながらも突撃を続ける敵の軍勢は、急激に体温を奪われ続ける川を脱しようと、我先に川岸に陣取る近衛兵達を目指す。
対して近衛兵達は、予め川岸に配置しておいた長槍や弓を拾い、殺到してきた敵の軍勢に対して迎撃を開始する。
冷たい川の水で動きが鈍り、隊列も無く突進して来る敵は、日々の訓練で培った高い戦闘力を持つ近衛兵達にとって、的にしかならない。
強弓から放たれる矢は急所を撃ち抜き、長槍による連撃は四肢を抉り、夥しい量の血が川面を紅く染め上げる。
あまりに一方的な惨殺が目の前で繰り広げられ、僕は激しい吐き気に襲われた。
まさに圧勝。
数人の敵が対岸から森の奥へと逃げ去ったが、僕達はたった10人で100人にも及ぶ敵の軍勢を殲滅したのだ。
近衛兵達は武器を下ろし、安堵の吐息を漏らして互いの無事を確認している。
僕も張り詰めていた気持ちが緩み、へたり込むように腰を下ろした。
そこへ、後方でアルテミシア王女を守っていたザックスが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?怪我は?」
「だい…じょうぶです、怪我もありません。」
「良かった。見事に君の作戦通り、凄い戦果です!」
「いえ、近衛兵の皆さんが僕の予想以上に強かっただけです。僕の作戦がなくとも勝っていたと思います。」
そこへ、近衛兵の一人がやって来た。
「謙遜する事はない。君の作戦のお陰で我々は無傷で勝利する事が出来た。感謝する。」
「ありがとうございます。ただ、少し気がかりな事が2つあるんですが…」
「確かに、未だミラルダ様やアイリス様、そしてミリアム様も戻って来られないのがおかしい。そうだろう?」
「はい。」
「では残るもう1点は?」
「たった今戦った本体と思われる軍勢の中に、敵の指揮官らしき者がいなかった事です。」
「確かにそれらしき人物は確認していないな…。」
「先の三方からの囮の中に指揮官がいる可能性は低いと考えられますし、これだけの人数を指揮する人物ともなれば、相当な手練れが率いている筈です。」
「なるほど、確かにその通りだ。」
「諸君、聞いてくれ!」
近衛兵は振り返り、各々休息している兵達に声を掛けた。
「どこかに敵の指揮官が潜んでいる可能性がある。ミラルダ様達が戻って来られるまでの間、防御陣形で馬車をお守りしつつ、敵襲への警戒を緩めるな!」
近衛兵達は再び武器を手に取り、馬車を囲むように隊列を組み、周囲への警戒を始めた。
不意に川岸の死体の山から、ゆっくりとこちらへ歩み寄る人影が現れる。
闇に同化するような漆黒の外套に身を包み、強い殺気を放つ眼光だけが闇の中に浮かんでいるようだ。
「やはり寄せ集めの烏合の衆、捨て駒にもなりえぬか…。」
「貴様、何者だ!」
「…」
「あの気配、恐らく敵の指揮官に間違いないでしょう。」
突如現れた敵の指揮官と思われる人影は、100人の軍勢を壊滅させた近衛兵達を前に全く動じず、歩み寄って来る。
僕達はこの男からアルテミシア王女を守り切る事が出来るのだろうか、そして師匠、ミラルダ、ミリアムは無事に戻って来られるのだろうか――
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