偽りの行軍
僕達は補給のため、1日リィンフォルトの街に滞在し、翌日の朝早く近衛騎士の一行と共に街を出た。
早朝だというのに見送りのため、多くの人々が正門に詰めかけ、声援を送っている。
アルテミシア王女は馬車から身を乗り出して、民の声援に応えるように手を振っている。
その光景からは、アルテミシア王女の人柄と、国民の支持の高さが伺えよう。
馬車の中にはアルテミシア王女、先頭には近衛騎士ミラルダ、馬車を取り囲むように10人の近衛兵、そして最後尾に近衛猟兵ミリアム、師匠と僕、そして、ザックスの姿があった。
リィンフォルトの自警団員でしかないザックスが、この一行に加わったのは他でもないアルテミシア王女の提案で、ミラルダも粗削りではあるが、ザックスの剣技に興味を持ったらしい。
当のザックス本人も、自らの未熟さを身に染みて感じたようで、アルテミシア王女を守るという大義名分の元、ミラルダに教えを請いたいと考えているらしい。
「ところで師匠、王女様と一緒に戦った経緯があるような事を言っていましたが?」
「ああ、あれか…。」
僕達の会話に興味を示したのか、ザックスも僕達に歩幅を合わせ、聞き耳を立てている。
「トラキア戦役…オマエも知ってるだろ?」
「ええ、確か3年前にトラキア公国との大規模な戦争があった事は知っています。」
「事の発端は、まあ、私がウォーロックの位を授かった所為でもあるんだけどな…。その尻拭いっつーか、まあ私が前線に行くのは当然だろ?そこでたまたま戦闘に巻き込まれた王女様とその一行に出くわして、一緒に戦ったって感じかなー。」
「アイ様、元はと言えば全て貴女が悪い。」
無表情で僕達の会話を聞いていたミリアムが、鋭い視線を師匠に向ける。
「あー、まあ、否定はできないっつーか、全面的に私の責任だ。悪かった!」
深く頭を下げる師匠から、ミリアムはプイとそっぽを向きボソリと呟く。
「そのお陰でアイ様に会えたんですけどね…。」
それ以上トラキア戦役での戦いについて師匠に尋ねても、はぐらかされるばかりで要領を得ない。
どうやら語りたくない経緯があるのだろうと、それ以上の追及は諦める事にした。
さて、ルイス王子の差し金でアルテミシア王女が狙われている現状、この行軍は、一見無謀とも言える行動である。
僕達の戦力はアルテミシア王女を除く、たった15人。
王国最大戦力とも言える師匠や、相当な手練れであると思われるミラルダ、そしてミリアムが加わっていると言っても、相応の数で奇襲されれば王女を危険に晒してしまうだろう。
しかし、それこそが作戦なのだ。
狙われているのならば、逆に万全の体制で迎え撃って返り討ちにする。
師匠の言い出した作戦なのだが、アルテミシア王女を危険に晒す事になるのは納得できない。
しかし、当のアルテミシア王女本人が強く賛成し、この作戦が実行に移された。
アルテミシア王女は、自分がリィンフォルトの街に滞在する事によって、街の民に被害が及ぶのを懸念しているようだ。
リィンフォルトの街を出発して2日目の夜、昨日と同じように入念な警戒態勢を敷いて野営を始める。
いつでも夜襲に反応できるように交代で見張りを立て、夜を明かす。
今日最初の見張り番は、僕とミリアムだった。
僕はどうも彼女が苦手だ。
彼女も僕が苦手なのだろう、この2日間まともに会話をした事がない。
お互いにコミュニケーションが得意な方ではないというのも原因だと思われるが…。
空を見上げると満点の星空が輝いている。
学院を出る前までの僕は、天を仰ぎ見る事はなかった。
こんなにも多くの星々が強い輝きを放っている事に気が付かなかった。
「星がこんなに綺麗だなんて知らなかったな…」
「当たり前だ。」
つい口に出てしまった独り言を聞いていたミリアムが、不機嫌そうに答える。
「あ、すみません。今までこんな落ち着いて星を見ていた事なんてなかったものですから。」
「君の不幸な境遇には同情してやるが、甘ったれるな。世の中には君よりも不幸な人間が五万といる。」
「そうですね、そうかもしれません…。」
「アル様は教えてくれた。どんなに辛い事があっても下を向いて歩かないように、太陽は輝き、星は瞬いていると。」
「下を向いて歩かないように…」
「だから、太陽は尊いし、星は綺麗な物なんだ。」
それ以来、彼女は口を閉ざし、無言で星空を見上げていた。
夜鳥の囀りが、やけに煩く夜の闇に満ち溢れている。
そして、何事も無く見張り番の交代の時間がやってきた――
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