操針の暗殺者
冷気の霧に包まれた戦場に現れた新たなる刺客は、ボロボロの外套を脱ぎ捨て、強い殺気を放つ。
彼は、全身に漆黒の皮鎧を纏い、至る所に皮のベルトを巻き付けている。
「学院の講師ではないようだな。何者だ?」
師匠は彼の風貌を隅々まで観察して、学院の講師にしては明らかに異質な雰囲気に、当然の質問を投げかけた。
もっとも、彼女とて講師らしからぬ格好をしているのだが…。
「何者か尋ねる前にテメェから名乗ったらどうだ?と、言いたいところだが、テメェの事は知っている。魔術研究機関から来た臨時講師のアイリスだな。そして、そこの小僧がファクトで間違いねぇな。」
そう言って彼は、師匠、そして僕に鋭い眼光を向ける。
「それにしても、ロクに実戦も知らねぇエリート研究者をブッ殺して、有難がられる予定だったがよ。とんだ大物が釣れちまったもんだな!」
「オマエは、学院に雇われた傭兵といったところか?」
「傭兵?俺はそんな生易しいモンじゃねぇよ。殺し屋、暗殺者ってやつだ。」
「暗殺者…なるほど、自ら暗殺者を名乗る輩など、王国内にはそう多くない。死神の大鎌の手の者だな。」
「ちぃっ、余計なお喋りが過ぎたみてぇだな。まあ良い、テメェはここで死ぬんだからな…悪いが、最初から全力で行かせてもらう!」
「暗殺者を自称しながら、本当に喋り過ぎだぞオマエは。なんなら、オマエも私に殺される前に、名前も名乗っておいたらどうだ?」
「ならば、冥土の土産に覚えておくが良い、テメェを殺す暗殺者の名は死神の大鎌のシャズ様だ!!」
シャズと名乗った暗殺者は、体に巻き付けたベルトから細長く鋭利な針のような物を、両手に4本ずつ引き抜き、師匠に向かって投げつける。
「おい、そこのテメェらも黙ってねぇで加勢しやがれ!」
シャズの怒声で我に返ったザレンとリザも足を踏みしめ、魔法を発動させる。
放たれた針は一斉に師匠を襲うが、この程度の攻撃ならば掠り傷一つ負う事はないだろう。
それよりも厄介なのが、ザレンとリザの連携攻撃だろう。
的を絞った一点攻撃では容易に回避されてしまうと考えた2人は、リザの作り出した無数の氷塊をザレンの風塵魔法で広範囲に渡って拡散させている。
付近一帯に吹き荒れる氷の嵐は、回避する手段もなく、師匠は防戦を強いられている。
氷の嵐によって非常に視界が悪い状態だが、どうやら致命的なダメージには至っていないようで、所々露出した肌から出血している程度である。
師匠は術式の展開を試みてはいるが、吹き荒れる氷の嵐に阻まれ、集中力が続かず、展開に時間が掛かっているようだ。
「実戦経験もねぇ素人だと侮ってたが、上出来だ。これで終わりだウォーロック!!」
ザレンとリザの行動を見ていたシャズは、両手から激しい電撃を放出する。
師匠に直撃するかと思われた電撃は八方に拡散し、初手で放ち地面に突き刺さった針に電撃が宿った。
電撃を帯びた針は、まるで生きているかのように宙を舞い、氷の嵐に紛れて死角から師匠を襲う。
針を後ろから肩口に突き刺された師匠は、叫び声を上げ、地面に伏した。
「チィッ、急所は外したか。なんて反射神経してやがる!だが、まだまだこれからだ、死ねぇ!!」
電撃の針が次々と襲い掛かる中、師匠は苦痛に顔を歪めながらも、なんとかギリギリで針を回避しているが、そう長くは持ちそうもない。
掠っただけでもかなりの衝撃を受けているようだ。
「生きていれば戦える…僕が何とかしなければ!」
僕は氷の嵐に駆け寄るも、あまりの風圧に吹き飛ばされ、地面に転がる。
こんな風圧の中、師匠は立って戦っていると思うと、恐怖で背筋が凍り付くようだ。
いや、実際に凍り付くような冷たさを地面に付いた右手に感じた僕は、右手に付着した冷たい液体を観察する…。
これは…
空気に触れ、すぐに気化した液体の正体は液化ガスだろう。
ブレアが地中から放出させた天然ガスが、リザの魔法で急速に冷やされ液状化した物と考えられる。
「これならば僕の魔力でも何とかなるかもしれない…」
僕はすぐさま術式の展開に取り掛かった。
先程ザレン教授が使っていた、真空制御魔法…。
僕の少ない魔力でも扱えるよう綿密に計算し、術式を組み上げる。
液化ガスを真空に取り込むと、液体は常温で気化し、視認する事は出来ないだろう。
後は集めた天然ガスをシャズの元に運ぶだけだが、僕の魔力では離れた場所へ運ぶのは難しい。
そこで、吹き荒れる氷の嵐の風の流れに、真空で包んだ天然ガスを乗せる。
「もう少し…もう少しで…」
僕の魔力も限界に近付いている。
「届け…届いてくれ!!」
残り5メートル…
4メートル…
3メートル…
2メートル…
そこで僕の魔力が底を尽きた。
僕は糸の切れた操り人形のように地面に崩れる。
「届かなかったか…」
僕の必死の策も無駄に終わったかと思われた瞬間、爆音と共にシャズの周りが爆風に包まれた。
「届いた!!」
僕の送り込んだ天然ガスは、シャズの放つ電撃により発火し爆発したのだ。
無防備のまま爆発に飲まれ吹き飛ばされたシャズは、致命傷には至らなかったものの、意識を失ったようだ。
それと同時に、ザレンとリザが魔力を使い果たし、膝を付く。
「はぁはぁ…どうやら、なんとかなったみてーだな。」
そう言って師匠はフラフラと、魔力を使い果たして倒れている僕に歩み寄る。
「大丈夫か?ファクト。」
「はい…なんとか…」
「あの爆発…オマエが何かやったのか?」
「はい…ギリギリでしたが、何とかなりました…」
「そうか、やはりな…。まったく、オマエには驚かされる。そこらのガキよりも少ない魔力で、やる事は最前線のウィザードよりも上だ。お陰で奥の手を使わずに済んだ。」
「ありがとうございます…。それより、僕も驚きました。まさか師匠がウォーロックだったなんて!」
「ああ…隠すつもりはなかったんだが、どうにも敵の多い身分なもんでな…。」
「いえ、僕なんかを弟子にして下さって光栄です!」
「あー、急に改まったりするんじゃねーよ。今まで通り接してくれ。それより、立てるか?」
「はい、何とか…」
僕は背負い袋から青いポーションを2本取り出し、師匠と共に一気に飲み干した。
まだ少しフラつくものの、独りで立って歩く事は問題なさそうだ。
「そこの二人!ザレン教授とリザ…だったか?オマエ達は殺さずにおいてやる。その代わり院長に伝えろ。これ以上コイツに関わるな、次に手を出したらその時は容赦しねーぞ。」
二人は唇を噛み、その場から立ち去る僕達を悔しそうに睨みつけていた。
「覚えていたまえ…この屈辱は、無念は、借りは、必ず晴らして見せます…。」
ザレン教授の捨て台詞を聞き流し、僕達は長い旅路につくのだった。
いつ襲って来るかもしれない刺客を警戒しながら、ひたすら北を目指して…。
それから2ヶ月後、僕達はリィンフォルトの事件に遭遇し、王女アルテミシアの一行に出会うのだった――
ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!




