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一方的に離縁を言い渡されたので、ほぼ一人で経営を任されていた貿易業からもお暇することにしました  作者: 秋名はる


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第8話 貿易船の難破

それからしばらくして、ウェステリアは正式にエヴァンスと離縁した。


戸籍状の手続きや、財産分与のことでまだ諸手続きが残っているものの、ひとまずエヴァンスからのいわれのない批判や、爪弾きにされるような態度からは解放された。


――ようやくエヴァンスから解放された。


この頃にはウェステリアは、どこか清々しい気持ちにすらなっていた。


浮気調査の件は、まだ残っているものの。

それらはこれから落ち着いて本腰を入れて調査を進めることができる。



***



六月に入り、日差しが強くなってきた頃、ウェステリアのもとに一通の知らせが届いた。


差出人は、商会の船員頭を務めるベネットだった。


ベネットは商会が保有する大型帆船、アルバトロス号の航路管理を任されている、海千山千の老船乗りだ。



几帳面な性格で、航海記録の管理や船員たちの統率において、ウェステリアが最も頼りにしている人物の一人だった。



手紙の内容を読んだ瞬間、ウェステリアの顔色が変わった。



——中国・広州にて買い付けた絹織物を積んだアルバトロス号が、アフリカ北部の港、タンジールにて難破。


現在、同港に停泊中。船体の損傷が激しく、自力での航行は不可能な状態。乗組員および積み荷は現地に留まっており、救助を待っている。



ウェステリアは手紙を持ったまま、しばらく立ち尽くした。


アルバトロス号は、今季最大の仕入れを終えて帰路についていたはずだった。


広州から買い付けた最高品質の絹織物は、すでに複数の貴族や商人から先行注文が入っていた。その価値は、商会の年間売上のおよそ三割に相当する。


しかしそれよりも、ウェステリアの頭を占めたのは別のことだった。



——乗組員が、ここへ来る途中のタンジールという港に取り残されている。



ウェステリアは顔を曇らせた。


タンジールは、地中海とアフリカ大陸の接点に位置する港町だ。


取り残された彼らを迎えに陸路で向かうには、アルプスを越え、イベリア半島を南下し、さらに海を渡らなければならない。


現実的な手段ではない。


船で向かうしかないが、商会が保有するもう一隻の船、スワロー号を急ぎ派遣すれば、順風であれば三週間ほどで到達できる計算だった。



ウェステリアは即座に頭の中で段取りを組み立て始めた。


スワロー号の現在の状態、積載可能量、必要な食料と水の量、タンジールまでの航路の安全性——次々と情報が頭の中を流れた。


しかし、スワロー号を動かす決定権は、名義上エヴァンスにある。


ウェステリアは、すでに引き継ぎの手続きを終えて、仕事も退職している。


しかし、昔の従業員の危機に、ウェステリアは何もしないではいられなかった。


ウェステリアは手紙を持ち、エヴァンスの書斎へ向かった。



***




事務所を訊ねると、そこには既にエヴァンスが到着していた。


「船が難破した?」


エヴァンスは書斎の椅子に深く腰かけたまま、眉をひそめた。


「はい。アルバトロス号がタンジールで座礁しております。

乗組員の救助と、積み荷の回収のために、スワロー号を至急向かわせる必要があります」



エヴァンスは件の難波船の件で、ウェステリアの後任のサイモンから説明を受けていた。



「タンジール……アフリカの方か。遠いな」


サイモンによる、従業員の救出の提案に、エヴァンスは難色を示す。



「ええ。ですから急がなければなりません。乗組員たちが現地で足止めされている時間が長くなるほど、彼らの消耗も激しくなります。

また、積み荷の絹織物も、保管状態によっては傷んでしまう恐れがあります」



エヴァンスは、しばらく腕を組んで黙っていた。


「どうせ積み荷はもう駄目になっているだろう。難破した船なんぞ、見捨てておけばいい」




あまりにも無情な一言に、サイモン他事務室にいた全員が息を呑む。


後ろからそれを見ていたウェステリアは、思わず口を挟んだ。


「従業員を見捨てることなど、してはなりません」


「ウェステリア、どうしてここに?」


エヴァンスは、突然のことに目を見開いた。

 

「スワロー号であれば、今すぐ出港の準備を始めれば、三週間以内に到達できます。乗組員と積み荷を収容して戻れば、損害を最小限に抑えられます」



「――君にはもう関係のないことだ」


エヴァンスは、眉を吊り上げて、冷たく突き返した。


「いいえ、そういうわけにはまいりません。

私はここの従業員たちに、私がいなくなった後も会社がつつがなく回るよう尽力すると、約束しました」


その言葉に、隣で聞いていたサイモンが


「奥様……」


と、涙ぐんで呟くのが聞こえた。


しかし、エヴァンスは鼻を鳴らし、頑なにウェステリアの提案を受け入れようとはしない。



「船員なんぞ、どこにでもいる。

また採用すればいい、替えはいくらでも利く」


エヴァンスは、まるで壊れた道具を処分する話でもするかのように言った。その言葉の冷たさに、ウェステリアの胸の奥で何かが沸き立った。


「エヴァンス様」


ウェステリアは、声のトーンを変えずに、しかしはっきりと言った。


「彼らは長年、この商会のために働いてきた人々です。その命を、替えが利くとおっしゃるのですか」


「感傷的なことを言うな。商売というのはそういうものだ」


「違います」


ウェステリアは、一歩前に出た。


「彼らが無事に戻らなければ、残った従業員たちの士気は地に落ちます。

誰が命をかけてこの商会のために働こうと思うのですか。目先の費用を惜しんで、信頼を失う方が、よほど大きな損害です」


エヴァンスは、不機嫌そうに顔をしかめた。


「お前は相変わらず、理屈っぽいな。俺が嫌だと言っている。スワロー号は動かさない。それだけだ」


「しかし——」


「話は終わりだ」


エヴァンスは立ち上がり、書斎を出て行った。扉が、乱暴に閉まった。




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