第22話 離婚調停
警察に保護された後、ウェステリアは思い出したように、外套の内側から封書を取り出した。
皺一つない、きれいな状態のままだった。
「手紙は、無事です」
ルーレンスは、それを見て、深く息を吐いた。
廊下では、警官たちがエヴァンスを連行しようとしていた。
エヴァンスは抵抗しながら、こちらを振り返った。その目には、もはや冷静さはなく、ただ怒りと焦りだけが渦巻いていた。
ウェステリアは、その目をまっすぐに見返した。
——これで、終わりにします。
声には出さなかったが、その眼差しには、確かにそう書いてあった。
** *
エヴァンスの身柄は警察に引き渡された。
容疑は殺人未遂。
ルーレンスが事前にハロルドと連携し、警察への連絡の手はずを整えていたことが、今夜の迅速な動きにつながっていた。
「実は、万が一の時のためにと思って、三日前から警察に話を通しておきました」
ハロルドが、廊下でルーレンスに説明した。
「奥様が屋敷に潜入することは、ある程度リスクがあると判断していましたので」
そのことが、警察の到着を早めるのに一役買った。
「私が気づくのが、あと少し遅れていたら——」
「その点については、私も肝を冷やしました」
ハロルドは、珍しく感情を見せた。
「しかし結果として、現行犯に近い形でエヴァンス氏を押さえられた。これは、裁判においても有利に働くはずです」
「そうだな、それにこちらには手紙の証拠もある」
「ええ。殺人未遂の容疑と、不貞の証拠。これだけ揃えば、裁判所もエヴァンス氏を庇う理由はありません」
***
夜が明けて、ウェステリアはルーレンスの屋敷に戻った。
客室のベッドに横になったものの、眠れなかった。天井を見つめながら、昨夜のことを何度も頭の中で辿った。暗い執務室。引き出しを開けた瞬間の緊張。そして、暗がりから現れたエヴァンスの顔。
——消えてもらうしかない。
あの言葉が、まだ耳に残っていた。
自分がエヴァンスにそれほどまでに憎まれていたとは、正直ウェステリア自身も想像もしていなかった。
しかし、だからといって、エヴァンスがウェステリアにたいして行ってきたことは、許されることではない。
エヴァンスは、唐突にウェステリアを追い出し、商会を失い、それでも諦めず、最終的には命まで奪おうとした。それほどまでに、追い詰められていたということだ。
哀れだ、とウェステリアは思った。怒りよりも先に、そう思った。
エヴァンスのことを、憎んでいるかと問われれば、もうわからなかった。
ただ、長い時間をかけて積み重なってきたものが、昨夜でようやく終わりを迎えた
——そういう感覚だけがあった。
——これで、前に進める。
ウェステリアは目を閉じた。
今度こそ、深い眠りが訪れた。
***
数日後、ウェステリアはハロルドと弁護士を交えて、今後の手続きについて話し合った。
エヴァンスは現在、殺人未遂の容疑で拘留されている。裁判が始まるまでの間に、離縁の申請と慰謝料の請求を正式に行う必要があった。
「証拠は十分です」
弁護士は言った。
「手紙はエヴァンスとルイーゼの不貞関係を明確に示しており、殺人未遂については警察の記録と警官の証言がある。裁判所がこれを否定する理由はないでしょう」
「慰謝料については」
「エヴァンス家の資産を鑑みると、相当額の請求が可能です。また、これまでウェステリア様が商会に対して行ってきた貢献——実質的な経営者としての労働——についても、財産分与の観点から主張できます」
ウェステリアは、静かに頷いた。
八年間。それが、どれほどの価値を持つものか。金額に換算するのは難しいが、それを正当に評価してもらえるならば——。
「よろしくお願いします」
弁護士は、力強く頷いた。
***
一方、ルイーゼはエヴァンスの拘留を知って、急に態度を変えた。
ハロルドの報告によれば、ルイーゼはエヴァンスの代理人に接触し、自分はエヴァンスに騙された被害者だと主張し始めたという。
さらに、夜会でルーレンスに話した内容を「酔っていたから記憶が曖昧だ」と翻そうとしているとのことだった。
「予想通りです」
ハロルドは、淡々と言った。
「しかし、手紙の現物がある以上、彼女が何を言おうと関係ない」
「ルイーゼ自身を追及する必要はありません」
ウェステリアは言った。
「彼女もある意味、エヴァンスに利用された面はある。それ以上の追及は、しなくていい」
ハロルドは少し意外そうな顔をしたが、頷いた。
ルーレンスも、その言葉を聞いて静かに目を細めた。
** *
裁判は、秋の始まりに行われた。
法廷は、王都の裁判所の中でも中規模の部屋だった。
石造りの壁に高い窓が並び、朝の光が斜めに差し込んでいた。傍聴席には、商会の関係者や、ハミルトン家およびヘンリウッド家の関係者が数名座っていた。
ウェステリアは、弁護士の隣に座った。
落ち着いた深紺のドレスに、髪を丁寧に整えている。内心は穏やかとは言えなかったが、顔には出さなかった。
エヴァンスは、被告席に座っていた。拘留されている間に、いくらか痩せていた。しかし目には、まだ諦めきっていない光があった。




