第19話 ルイーゼとの接触2
ルーレンスは内心で小さく息を吐きながら、表情を崩さずに続けた。
「エヴァンス伯爵は、ご自身の商会がウィンチェスターに買い取られて、さぞご不満でしょうね」
「それは——」
ルイーゼは少し声を潜めた。
「本当に気の毒でしたわ。元の奥様が、あの方の商会を乗っ取るようなことをしてしまって」
「それは、驚きますね。奥様が?」
「ええ」
ルイーゼは、ルーレンスが真剣に聞いてくれていると感じたのか、さらに続けた。「エヴァンス様は、本当に長い間お辛かったのですよ。
あの奥様は仕事ばかりで、夫婦らしい温かみがまるでなかった、と。だから——」
ルイーゼは、そこで少し言葉を切った。それから、ルーレンスとの距離をもう少し縮めながら、声をひそめた。
「だから私、できる限り支えてあげたいと思っていましたの。エヴァンス様のこと」
「それは、献身的ですね」
「そうでしょう?」
ルイーゼは、少し得意げに胸を張った。
「エヴァンスさまがおっしゃっていましたの。
あの方の奥様は、仕事ばかりでつまらないと。妻でありながら彼女は女性としての何の魅力も感じなかったと、彼は私によくおっしゃっていましたのよ」
ルイーゼは、まるで嘲笑するかのような視線を向けてルーレンスの方を見る。
「女として、失格ではありませんか?主であり、夫を満足させられない夫人など
だから、あの方が屋敷を追い出されてしまったのは、私は当然のことと思いますのよ」
「彼がそう言っていたのですね」
ルーレンスは表情を出さずにそういった。
「ええ、だからこの私が彼を慰めて差し上げましたの」
ちょっと手を出しただけで、エヴァンスは簡単に落ちたのだと。
ルイーゼの得意げな瞳がそう語っていた。
「でも、それでは奥様が黙っていないのでは?」
正式な妻がいながら、夫が他の女性と不義の仲になったとなれば、妻は夫に対して慰謝料を請求できるはずだ。
「ええ、だから私は、彼女に訴えられてもいいように、証拠を手元に残しておりますのよ」
「証拠を?」
「ええ」ルイーゼはワインを一口飲んでから、少し頬を染めて言った。
「愛情のこもった手紙が、もう十通以上。私、大事にとってありますの」
うちの邸宅の引き出しに。それからエヴァンス様の執務室にも——」
ルイーゼは、そこでふと口をつぐんだ。言いすぎたと思ったのか、少し目を伏せた。
しかしすぐに顔を上げると、ルーレンスを上目遣いに見て、甘えたような声で言った。
「ごめんなさい、少し飲みすぎてしまったかしら。こんな話、あまりするものではないですわね」
「いいえ、大丈夫ですよ」
ルーレンスは、静かに微笑んだ。
「私は口が固い方ですから」
「まあ、頼もしいですこと」
ルイーゼは、安心したように笑った。それから、また少し身を乗り出して言った。
「ローランさん、またいつかお会いできますかしら。今夜は本当に楽しかったですわ」
「こちらこそ」
「南にお戻りになるのはいつ頃?こちらにいらっしゃる間に、また——」
「ルイーゼ」
その時、エヴァンスの声がした。
ルイーゼは、ぴくりと肩を震わせて振り向いた。エヴァンスが、食事の席から戻ってきていた。
その目が、ルーレンスとルイーゼの距離感を見て、僅かに細くなった。
「そろそろ帰るぞ」
「まあ、もう少しだけ——」
「帰る」
エヴァンスは、有無を言わせない口調で言った。ルイーゼは唇を尖らせたが、エヴァンスの腕に手をかけて従った。
去り際、ルイーゼはルーレンスを振り返って、少し名残惜しそうな顔をした。
「今夜は楽しかったですわ、ローランさん。またいつか」
「こちらこそ」
ルーレンスは、軽く頭を下げた。
「お気をつけて」
二人が会場を出ていくのを確認してから、ルーレンスは深く息を吐いた。
体の奥から、じわりと疲れが出てきた。笑顔を保ち続け、言葉を慎重に選び続けた二時間だった。
普段の自分とはまったく異なる人間を演じるのは、戦地で敵の目を欺くこととはまた別の消耗があった。
それに——ルイーゼの距離の近さには、正直なところ、かなり閉口した。
ハロルドが、さりげなく隣に立った。
「いくつか、聞き出せましたか」
「十分すぎるほどです」
ルーレンスは、低く答えた。
「手紙が存在することは確認しました。ルイーゼの邸宅と、エヴァンスの執務室に」
「では、次の手を」
「ええ」
ルーレンスは、ホット域をはいて窓の外の夜空を見た。




