第18話 ルイーゼとの接触
夜会の会場は、夜の七時には人が集まり始めていた。
石造りの小さな建物の中は、蝋燭の灯りで温かく照らされていた。壁に沿ってテーブルが並べられ、赤いワインと白ワイン、そして小ぶりなパイやチーズの盛り合わせが用意されていた。
会場の奥では、ハープ奏者が静かに椅子に座り、やわらかな旋律を奏で始めていた。
ルーレンスは、ローランという名の貿易商の息子として、会場の隅に立っていた。
来場者は十五名ほど。地方の小貴族、商人、文人が入り混じった、気取らない顔ぶれだった。ルーレンスは数人と軽く言葉を交わしながら、さりげなく入口に目を向けていた。
ルイーゼが現れたのは、夜会が始まってから三十分ほど経った頃だった。
ルイーゼは、鮮やかなエメラルドグリーンのドレスを着ていた。
胸元に小粒の宝石をあしらったネックレスをつけ、巻き毛を高く結い上げている。
二十代前半の、華やかな容姿の女だった。
その目は会場に入った瞬間から忙しなく動いていて、どんな人物がいるかを素早く値踏みしているようだった。
エヴァンスはルイーゼの少し後ろを歩いていた。場の雰囲気を楽しもうという様子はあまりなく、知り合いの顔を探しているようだった。
ルーレンスは視線を外し、エヴァンスに気づかれないよう壁際に移動した。
ルイーゼはすぐに会場に馴染んだ。隣に立った女性に話しかけ、ワインを受け取り、ハープの音楽に合わせてわずかに体を揺らしていた。
エヴァンスは知り合いを見つけると、ルイーゼを置いてその男と話し込み始めた。
——今だ。
ルーレンスは、ワインのグラスを持って、ルイーゼの方へ歩いた。
***
「素晴らしい演奏ですね」
ルーレンスは、ルイーゼの隣に立ちながら、ハープ奏者の方を見て言った。
ルイーゼがこちらを振り向いた。一瞬、値踏みするような目があったが、ルーレンスの顔と装いを見て、その表情がはっきりと変わった。
整った端正な顔立ちの紳士、淡褐色の双眸は、見るものを引きつける輝きを放っていた。
ルイーゼの目が少しだけ大きくなり、唇がわずかに開いた。
それから、ゆっくりと、魅惑的な微笑を浮かべた。
「まあ、本当に。こんな素敵な夜会に招いていただけて、光栄ですわ」
先ほどまでとは、声のトーンが違った。少し柔らかく、少し甘い。
「私もです。ローラン・ド・モレと申します。
南部から、仕事の関係でこちらに来ているものです」
「まあ、遠くから」
ルイーゼは、ルーレンスの顔をまじまじと見ながら言った。
「南の方のお方は、みなさんお顔の彫りが深いのかしら。とても印象的ですわ」
ルーレンスは、内心で少し面食らいながらも、表情を変えなかった。
「恐れ入ります。あなたは?」
「ルイーゼ・クロスと申します」
ルイーゼは、ルーレンスとの距離を少し詰めながら名乗った。
「こちらで暮らしておりますの。もっとも、こんな素敵な方とお会いできるとは思っていなかったけれど」
「それはご縁がありますね。私も商いをしておりますので、こちらの方とはいつかお近づきになれればと思っていました」
「商いを。どのようなお仕事を?」
「香辛料と絹の仲介です。インドや中国の品を扱っています」
「まあ」ルイーゼは目を輝かせた。
「ということは、かなりご大層な——失礼、かなり大きなお仕事をされているのですね」
「おかげさまで。あなたのご実家も、商家だとか」
「よくご存知で」
ルイーゼは、少し身を乗り出すようにして言った。
「父は商人ですけれど、私はずっとこういった場所に憧れていましたの。上品な方々が集まる場所に」
そう言いながら、ルイーゼはルーレンスのジャケットの袖に、さりげなく指先で触れた。
「……この生地、とても上質ですわね。さすがですこと」
***
ルーレンスは穏やかに相槌を打ちながら、話題を少しずつ誘導していった。
「こちらには、ハミルトン商会という立派な商会がありますね。あそこの経営はなかなか面白いことになっているとか。ご存知ですか」
ルイーゼの目が、わずかに動いた。
「……ええ、少し」
「つい先ごろ、ウィンチェスター侯爵家が買い取られたとか。元々はどなたが経営されていたのですか」
「それは——ハミルトン伯爵、エヴァンス様が」
ルイーゼは少し口ごもったが、すぐに続けた。
「実はあの方とは、少し親しくしておりまして」
「ああ、そうでしたか。今夜もいらっしゃるのでは?先ほどお見かけしたような」
「ええ」
ルイーゼは、エヴァンスの方に一瞬だけ視線を向けてから、すぐにルーレンスに視線を戻した。
「ご一緒しているのですけれど——彼は今、知り合いと談笑しているようで
暫くはもどっていらっしゃらないと思います」
ルイーゼはそう言いながら、グラスを口に運んだ。
その目は怪しげに光り、まるで誘惑するようにルーレンスを見たままだった。




