整理させて
今日は校外学習。
二年生。
ボランティア活動。
公民館の清掃。
その後、現地解散。
清掃した。終わった。
展開早い。
問題ない。都合が良い。
楠木七菜、立花奈緒。
二人が廊下を歩く。
「結構疲れた」
「お疲れ様」
「奈緒も」
「うん」
帰るつもり。
でも、どこからか。
歌が聞こえる。
楠木七菜、立ち止まる。
つられて立花奈緒も立ち止まる。
演歌。
「あ」
「カラオケじゃん」
部屋。
扉。開いてる。
中。
おじいさん、おばあさん。
十人くらいで、カラオケ。
一人が歌う。
拍手。
「よかったよー」
「今日は声出てたねえ」
「先生、どうでした?」
先生。
年配の男性。
地元の本業作詞家。
カラオケ教室の先生もやってる。
昭和から音楽で飯食ってる。
音楽業界に顔も広い。
結構すごい人。
楠木七菜、少し覗く。
「楽しそう」
「だね」
おばあさんが二人に気づく。
「あら。今日お掃除してくれた高校生?」
返事をしたのは、立花奈緒。
「はい」
「こんにちは」
「ありがとねえ」
「いえ」
実際、これ。授業。
無償で他人の役に立ちたい。
そこまで高尚なものでは。
ない。
おじいさん。
「もう帰るのかい?」
「はい」
「ちょっと休んでいきなよ」
「お菓子あるよ」
優しい。
おじいさん、おばあさん。
若い子見たら、優しくしたくなる。
そういうところ、ある。
「どうする?」
立花奈緒が、楠木七菜に聞く。
「ちょっとだけ」
そうなると思った。
楠木七菜、歌聴くのも好き。
入る。
お茶とお菓子が出される。
また別のおばあさんが歌う。
歌謡曲。
二人、聴く。
曲が終わり、拍手。
とても良い雰囲気。
上手い下手ではない。
楽しく歌う。でもちょっと上手くなりたい。
そういう雰囲気。
作詞家先生が、二人を見る。
「お嬢ちゃんたち」
「はい?」
「歌わないかい?」
誘われた。
立花奈緒、楠木七菜を見る。
楠木七菜、立花奈緒を見る。
考える。立花奈緒。
「私はいいです」
遠慮。
別に歌うのが嫌いなわけでは、ない。
楠木七菜と何度もカラオケ行ってる。
ただ、人前で歌うの。
ちょっと恥ずかしい。
「七菜は?」
「うーん、どうしようかな」
おじいさん、後押し。
「一曲くらい歌っていきなよ」
おばあさん。
「若い子の歌も聴きたいわ」
楠木七菜、少し考える。
「じゃあ」
立花奈緒と視線を交わす。
「七菜、歌う?」
「一曲だけ」
この時点ですでに拍手。
なかなかのプレッシャー。
でも大丈夫。
楠木七菜、結構歌が上手い。
作詞家先生。
「何にする?」
楠木七菜、機械操作。
最近の曲。
考えて、止める。
別の曲。
「あ、これ知ってます」
先生が機械を見て、少し驚く。
「これ知ってるの?」
往年の名曲。
カラオケ教室では定番。
でも若い子。
そんなに歌わない。
「父がよく歌ってます」
「へえ」
「良いわね」
盛り上がる。
歌謡曲。
楠木七菜がマイクを持つ。
曲が流れる。
歌う。
おじいさん。
「……」
おばあさん。
「……」
作詞家先生。
顔、上げる。
立花奈緒、横目で確認。
驚いてる。
やっぱり、そういうこと。
楠木七菜の歌が続く。
演歌ではない。
歌謡曲。
でも。
普段練習している曲とも。
違う。
間奏。
少し考える。少し変える。
言葉を置いて、伸ばす感じ。
ずっと息を出し続けるんじゃなくて。
抜くところは抜く。
作詞家先生。楠木七菜から視線が動かない。
おじいさん、おばあさんも、動かない。
立花奈緒、ちょっと後方腕組み感。
歌、まだ続く。
前から、音程は取れてた。
声も出た。
結構、上手かった。
今。
それだけではない。
歌詞を大事に。
どうやって届けるか。
考える。
だから今の方が。
結構上手い。
歌、終わる。
なんか静か。
「……?」
拍手。
十人ちょっとしかいないのに、大きい。
「上手い!」
「すごいねえ!」
「本当に高校生?」
楠木七菜、照れる。
いやあ。
こういうとき、なんか手が頭の後ろに来る。
そういうもの。
「ありがとうございます」
立花奈緒も、拍手。
作詞家先生。
「お嬢ちゃん」
「はい」
「歌、習ってるの?」
「はい」
「どれくらい?」
少し考えて答える。
「最近です」
「最近?」
「はい」
「その前は?」
「特に習ってないです」
先生沈黙。
「?」
「青葉野高校だったよね、音楽科とかある?」
「ないです。私、普通科です」
「じゃあ、合唱部とか?」
「吹奏楽部です」
「吹奏楽」
「はい」
「担当は?」
「ホルンです」
先生、また沈黙。
「…………」
立花奈緒、見ててちょっと面白くなる。
顔、伏せる。
笑いこらえる。
「え、ホルン?」
「はい」
「歌じゃなくて?」
「ですね」
先生、立花奈緒に視線向ける。
「ホルンですよ」
どういうことなの。
表情がそう言っている。
別のおじいさん。
「最近の吹奏楽部は歌もやるのかい?」
「やりません」
答えたのは立花奈緒。
これと一緒にされては敵わない。
作詞家先生、再起動。
「誰に習ってるの?」
「部活の先輩です」
「……吹奏楽部の?」
「はい」
「何の楽器?」
「オーボエです」
どういうことなの。
立花奈緒、もう笑ってる。
「オーボエ?」
「はい」
「ちょっと待って」
「はい」
「整理させて」
楠木七菜、待つ。
先生、指を立てながら。
「君は、青葉野高校の普通科で高校二年生」
「はい」
「吹奏楽部」
「そうです」
「ホルン担当」
「はい」
「歌は、吹奏楽部のオーボエ担当の先輩に習ってる」
「はい」
作詞家先生。
「なんで?」
「歌がすごく上手いので」
「どれくらい?」
この質問には、ちょっと考える。
立花奈緒を見る。
笑ってる。
「めちゃくちゃ上手いです」
「君より?」
「全然上手いです」
楠木七菜、即答。
「…………」
立花奈緒、顔を覆う。
「全然?」
「はい」
「君がこれくらい歌えて?」
「はい」
「全然?」
「まだ全然ですね」
「……」
おばあさん。
「その先輩、歌手になるの?」
楠木七菜。
「なると思います」
立花奈緒。
「本人はなると言っていましたね」
作詞家先生。
「ああ」
少し安心。
理解。把握。
「そういう子か」
「はい」
「じゃあ君も歌手を目指していると」
「いえ」
「え?」
「私は別に」
「歌手は目指してない?」
「今のところは」
「じゃあ何でそんなに練習してるの?」
質問。
ちょっと考えたらこの質問、少し変。
楠木七菜と、初対面。
「上手くなりたいので」
先生。何度目かのフリーズ。
「楽しいですし、しんどいときもありますけど」
「今は、もっと上手くなりたいので」
先生が少し笑う。
「そうか」
「はい」
「いいね」
「ありがとうございます」
そこでおじいさん。
「もう一曲!」
おばあさん。
「聴きたいわあ」
楠木七菜、立花奈緒を見る。
「喉、大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ、一曲だけですよ」
「何で奈緒が決めるの」
「美冬先輩がいたら、そう言うかなって」
なるほど。
「じゃあ、あと一曲だけ」
先生、笑う。
機械を操作。
「今度はこれ、知ってる?」
演歌。
かなり有名な曲。
歌ったことはない。
でも知ってる。そういう曲。
「知ってます」
「歌える?」
「多分。サビは大丈夫です」
マイクを持つ。
前奏。聴く。
歌詞が画面に表示される。
いけそう。
歌う。
一番。
歌う。考える。
二番。
楠木七菜、変える。
一番で分かったところ。
曲、歌詞。寄せる。
多分一番を歌ったときよりも近いはず。
先生が腕を組んで聴いている。
そして、曲が終わる。
「いやあ」
「はい?」
「二曲目の方が良かった」
「そうですか?」
楠木七菜、ちょっと意外。
一曲目知ってる曲。二曲目、初めて歌った曲。
「うん。二曲目の中でも一番より、二番が良かった」
「はい」
「途中でわかった?」
「ちょっと」
先生が笑う。
「耳がいいねえ」
「ありがとうございます」
「それに」
先生、言葉を探す。
「歌詞、ちゃんと歌うね」
「歌詞?」
「うん」
「上手い子でもね。声ばっかりになっちゃう子、いるんだよ」
先生、本業作詞家。
「でも君、言葉を歌おうとしてる」
「……」
「先生に言われた?」
また少し考える楠木七菜。
榊原美冬。小早川千紘。
思い返してみれば。
歌詞を大事に届ける。
自分の声と言葉で表現する。
そんな感じ、言われた。
「はい、たくさん」
「いい先生だ」
楠木七菜、笑う。
自慢げ。
そう。
私の先生、すごい。
どうかしているくらい、歌が上手い。
「はい、いい先生です」
公民館の帰り道。
「楽しかった」
「良かったじゃん」
「演歌、なかなか面白い」
「練習するの?」
「ちょっとやってみたいかも」
「……」
「なに?」
「いや」
歩く。
「七菜」
「なに?」
「自覚ある?」
「何の?」
立花奈緒、少し考える。
「前より、かなりおかしなところまで来てる」
「……」
「そう?」
「そう」
「でも」
「うん?」
「私、歌は結構上手いから」
「それは知ってる」
二人して笑いあう。
楠木七菜が少し前を歩く。
知ってた。
最初から、上手かった。
でも。
今は、あの頃とは違う。
毎日見てた。
少しずつ。
少しずつ。
二人の先輩が。
同級生を。
おかしなとこへ。
連れていく。
ちょっと違うかも。
楽しそうに歩く楠木七菜の後ろ姿。
立花奈緒の位置、半歩後ろ。
自分で。
ついていってる。
立花奈緒、ちょっとだけため息。
ちょっとだけ、笑う。
「ほどほどにして欲しいなあ」
遠くにいかれるの。
ちょっとだけ、寂しい。
「なにを?」
「全部」
「なにそれ」
楠木七菜、笑う。
高校二年生。
校外学習ボランティアの。
帰り道。




