よくこの人に習おうと思ったね
休日。
買い物。
楠木七菜、立花奈緒、榊原美冬、小早川千紘。
四人。
もうすっかり仲良し。
商店街。
音。
楠木七菜、止まる。
「あ」
立花奈緒。
「どしたの?」
「やってる」
ステージ。
「本当だね」
小早川千紘。
「音楽イベントです」
「見ればわかる」
歌謡曲、演歌。
年配が多い。
商店街カラオケイベント。
この世界。
出歩くと音楽イベント開催中。
だいたい当日飛び入り枠もある。
問題ない。
なぜなら、その方が都合が良いから。
楠木七菜が気づく。
「先生」
「先生?」
榊原美冬が聞き返す。
楠木七菜、指さす。
以前知り合った、作詞家先生。
苗字は新田。
名前は、まだない。
「ああ、公民館の」
「うん」
「知り合い?」
二年生二人、頷く。
新田先生がこちらに気づく。
「あれ?」
楠木七菜、手を上げる。
「こんにちは」
先生が笑う。
「楠木さんじゃないか」
「こんにちは」
「今日はお友達と?」
「はい」
先生が、四人を見る。
「吹奏楽部?」
「みんなそうです」
「へえ」
「あ、あのときの」
「こんにちは」
立花奈緒、これ、一瞬忘れられてた。
仕方がない。
楠木七菜に比べたら。
印象が薄いのは。
否めない。
先生がまず小早川千紘を見て。
「こちらは先輩?」
「はい」
そして。
榊原美冬を、見る。
「こちらも?」
「はい。榊原美冬先輩です」
「なるほど」
「私に歌を教えてくれてる先輩です」
先生。動きが一瞬止まる。
「……」
「こんにちは」
挨拶は女子高生から。
「こんにちは」
少し、間。
先生が、楠木七菜を見る。
「この人?」
「はい」
それだけで通じる。
新田先生。榊原美冬を見る。
思い出す。
「あの」
「はい?」
「オーボエ担当?」
「そうです」
「……」
立花奈緒、顔を伏せて少し笑う。
「なるほど」
なるほど。
なにが?
「今日は何してるんですか?」
ステージを見る。
「商店街の歌の会でね、飛び入りも受け付けてるんだ」
この通り。
実に都合が良い。
「楠木さん」
「はい」
「今日も一曲どうだい?」
「いいんですか?」
「もちろん」
楠木七菜、少し考える。
「じゃあ」
榊原美冬を見る。
「何?」
「美冬先輩も歌いません?」
新田先生。ちょっと期待。
あの楠木七菜が、自分より全然上手いと言っていた先輩。
聴きたい。
ものすごく聴いてみたい。
「私は、今日はいいわ」
「駄目ですか?」
「今日は買い物に来たんでしょう」
「一曲だけ」
「……」
「聴きたいです」
榊原美冬。ため息。
「一曲だけよ」
笑う。
「はい」
先生。
「…………」
立花奈緒、新田先生を見る。
期待。
顔。
完全に乗ってる。
受付をして。
順番。
楠木七菜が、先。
「今日は何を歌う?」
「前と違うのにします」
歌謡曲。
これも有名。
だけど前より少し難しい。
あれから、演歌と歌謡曲。ちょっと練習した。
歌える。
楠木七菜が歌う。
新田先生、腕組みをして頷きながら聴いている。
途中、少し笑う。
終わる。
拍手。
楠木七菜が戻ってくる。
「楠木さん」
「はい」
「上手くなったねえ」
照れる。
「ありがとうございます」
「前よりももっと言葉が自然だ」
「はい」
「あと」
少し、考える。
「力を抜くのが上手くなった」
「あ」
榊原美冬、少し笑う。
最近できるようになった、ひとつ。
「先生がいいんだね」
「はい」
即答。
「七菜」
「何ですか?」
「あなたが練習したからでしょう」
「それもあります」
先生が笑う。
「いいねえ」
そして。
榊原美冬。
先生が、マイクを渡す。
「楽しみにしてます」
「……」
「楠木さんが」
笑顔。
「自分より全然上手いって言うから」
榊原美冬が楠木七菜を見る。
「そんなこと言ったの?」
「言いました」
「……」
「事実なので」
立花奈緒、顔を伏せる。
小早川千紘は笑っている。
新田先生。
「ハードル、上がってるよ」
「そうみたいですね」
榊原美冬が選んだのも、歌謡曲。
楠木七菜は知っている。
新田先生はよく知っている。
榊原美冬がステージに上がる。
前奏。
歌う。
「……」
最初の一節。
「……」
楠木七菜、横目で確認。
先生の顔が変わっている。
ちょっと強張った感じ。
でも。
この先生。
わかってる。
歌は続く。
いつもどおり。
道行く人は立ち止まる。
視線と耳を集める。
歌は続く。
声だけじゃない。
言葉。
大事におくる。
次につなぐ。
「……」
楠木七菜、少しうれしい。
自分が、すごいと思ってるものを。
わかるひとが。
すごいと思ってる。
榊原美冬。
まじですごい。
曲が終わる。
一瞬静か。
拍手。
大きい。
先生も拍手。
「…………」
なにを言うんだろう。
最初の感想。
「なるほど」
「なるほど?」
とは小早川千紘。
「耐えた方だと思います」
そう返したのは立花奈緒。
先生、再起動。
「楠木さん」
「はい」
「君……」
間。
「よくこの人に習おうと思ったね」
「何でですか?」
新田先生が笑う。
「遠いでしょう」
楠木七菜、止まる。
でも。
「遠いです」
二人が、ステージの上の榊原美冬を見る。
「まだ」
「まだ?」
「はい」
先生が笑う。
「そうか」
榊原美冬が戻ってくる。
「歌は、どれくらいやってるの?」
「小学生のころからです」
「なるほどねえ」
「なにがですか?」
「いや」
言葉、探す。
「楠木さんの歌を聴いたとき」
「はい」
「誰に習ってるんだろうと思ったんだ」
「……」
「今日、わかった」
楠木七菜、うれしい。
榊原美冬。
「本人が努力してるからですよ」
「それもわかる」
続ける。
「でも、いいものを見てる」
「……」
新田先生が楠木七菜を見る。
「毎日でしょう?」
「はい」
「それは強いよ」
ステージでは、次の人が歌っている。
楠木七菜、榊原美冬を見る。
少し、目を逸らされた。
小早川千紘は、何も言わない。
「しかし」
「はい?」
「オーボエなんだよね?」
「はい」
「……」
楠木七菜、よくわからない。
「?」
新田先生。
「そこだけまだ納得できない」
立花奈緒、吹き出す。
小早川千紘は笑う。
楠木七菜も笑う。
「だって! この歌で! 吹奏楽部で! オーボエ担当は、おかしいでしょう!」
最後に新田先生がちょっと壊れた。
少しして。
「楠木さん」
「はい」
「大変だね」
「なにがですか?」
「このひと、追いかけるの」
楠木七菜、少し考えて返事する。
「大変です」
「うん」
「すごく」
「うん」
「でも」
榊原美冬を見る。
「結構楽しいです」
「そっか」
「はい」
榊原美冬は黙って聞いていた。
帰り道。
楠木七菜、榊原美冬、並ぶ。
「美冬先輩」
「なに?」
「今日もすごかったです」
「そう」
「新田先生、びっくりしてました」
「そうね」
「嬉しかったです」
「何であなたが?」
言葉、探す。
「私がすごいと思ってる人を」
「うん」
「すごいってわかってもらえたので」
「……」
「変ですか?」
榊原美冬、少し笑う。
「別に」
楠木七菜も笑う。
少し後ろ。
小早川千紘。
「可愛がっちゃうよね、あれは」
立花奈緒。
「わかります」
榊原美冬、振り返る。
「聞こえてるわよ!」
この日は。
歌って。
買い物して。
帰った。




