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一人かと思うじゃない






 今回も。


 音楽イベント。


 青葉野、音楽イベントが生える町。


 問題ない。


 なぜなら、その方が、都合が良いから。





 ステージ前。


 作詞家の新田先生。


 今日は知り合いもいる。


 作曲家先生。


 名前はまだない。


 同年代。


 長い付き合い。


「今日は若い子も多いね」


「そうだね」


「最近はこういうところにも出てるの?」


「たまにね」


「仕事?」


「半分は」


「半分?」


「公民館でのカラオケ教室でね、ちょっと面白い子を見つけたんだ」


「面白い子ね」


「うん」


 作詞家、ステージ横の受付を見る。


「あ」


 楠木七菜。


 展開早い。問題ない。


 その方が、都合が良い。


「来た」


「あの子?」


「そう」


「高校生? カラオケ教室には来なさそうな年代だけど」


「うん、ボランティアで来てたところで知り合った」


「へえー」


 楠木七菜、受付。


 その後ろ、榊原美冬。


 さらにその後ろ、小早川千紘。


 立花奈緒は、一緒にいるけど今回も歌わない。


「吹奏楽部なの?」


「よくわかったね」


「楽器のケース持ってる子がいるから」


「ああ」


 確かに。


 小早川千紘、楽器ケース持ってる。


「で、先頭の子?」


「そう」


「歌うの?」


「歌うよ」


「上手い?」


 新田先生。


 少し考える。


 上手いかどうかではない。


 どう答えるか。


「上手いよ」


「へえ」


「かなり」


「珍しい」


「なにが?」


「新田君がかなり上手いっていうこと、あんまり記憶にない」


「そうだっけ」


「だと思うよ」


 楠木七菜、ステージ。


 マイクを持つ。


 前奏。


 歌う。


 作曲家先生。怪訝な顔。


 新田先生。腕を組む。


 楠木七菜、歌う。


 作曲家、顔が変わる。


 二番。


 楠木七菜が少し変える。修正。


「…………」


 曲が終わる。


 拍手。


 楠木七菜、頭を下げてステージから降りる。


 作曲家先生。新田先生を見る。


「ちょっと」


「なに?」


「上手いって」


「うん」


「素人の上手いってレベルじゃないでしょうよ、これは」


 作詞家先生、少し笑う。


「そう?」


「そうだよ」


「高校生なの?」


「二年生」


「二年?」


「うん」


「どこで習ってるの?」


「それがね」


 新田先生、楽しそう。


「吹奏楽部なんだ。さっき君も言ってたじゃないか」


 そういえば、そう。


「歌じゃなくて?」


「ホルン吹いてるんだって」


 新田先生。


 少し優越感。


「プロになるの?」


「今のところ、そのつもりはないらしい」


「なんで?」


「上手くなりたいから練習してるんだって」


 作曲家。


 ステージから降りた楠木七菜を見る。


「……へえ」


 少し、笑った。


「面白い子だね」


「だろう?」


 そしてイベントは次に。


 名前。


 榊原美冬。


「あ」


「知ってる子?」


 新田先生。


 腕を組みなおす。


「まあね」


「同じ学校?」


「うん」


「吹奏楽部?」


「担当はオーボエ」


「まさか、この子も歌うの?」


「歌うよ」


「上手い?」


 新田先生。


 少し考える。


 上手いかどうかではない。


 どう答えるか。


「まあ、聴けばわかるよ」


 そうして。


 榊原美冬の歌。


 はじまる。


 のっけから。


 作曲家先生。絶句。


 新田先生。腕を組む。


 作曲家先生。


 宇宙を背景に背負った猫みたいな表情。


 新田先生。それを見てにやにや。


 後方腕組み。


 一番が終わる。


 作曲家先生、やっとちょっと動いて。


 恨めしそうな視線を、新田先生に向ける。


 新田先生の口角が上がる。


 喋らない。


 二人の視線がステージに。


 榊原美冬が歌う。


 声。言葉。表現。


 そして。


 歌が終わる。


 拍手。


 作曲家先生も、新田先生も、拍手。


「どう?」


「なにこれ」


 笑う。


 そう、だいたいそうなる。


 自分も、楠木七菜の先生。


 この情報がなかったら危なかった。


「ね?」


「ね、じゃないのよ」


「すごいだろう?」


「すごいって言うか」


 まだステージ上にいる榊原美冬を見る。


「なんなの?」


「小学生の頃から歌の勉強してるらしい」


「ああ」


 少し。


 戻る。


「なるほど」


「今は青葉野高校吹奏楽部のオーボエ」


「…………」


 新田先生。笑う。


「なんで?」


「いや、知らない」


「どういうことなの」


「僕もそこは納得してない」


 だよなあ、と笑いあう。


 そして作曲家先生が、楠木七菜をもう一度見て。


「もしかして、彼女の先生?」


「そう」


「ああ。それならわかる」


「だろう?」


「いやあ」


 作曲家、感心。


「すごいね」


 新田先生。


 完全に後方腕組み。


「そうなんだよ。驚いたろ」



 そしてイベントは次に。


 名前。


 小早川千紘。


「この子も同じグループにいたね」


「うん」


 あれ、でも。


「この子も歌うんだ」


「この子は知らないの?」


「歌ってるところは見たことない」


 司会が小早川千紘にマイクを向ける。


 少し話す。


「吹奏楽部?」


「はい」


「担当は?」


「クラリネットです」


 新田先生。作曲家先生。


 沈黙。


「あ」


 声を上げたのは新田先生。


「あ?」


「もしかして、同じ部活の友達で、榊原さんに歌を習ってるんじゃないかな」


「ああ」


 作曲家先生、大きくうなずく。


「ありうるね」


「だろう?」


「いい見本がいるし」


「うんうん」


「頑張れば、楠木さんくらい上手くなれるかもしれない」


「そうだよね」


「刺激し合ってるんだろうな」


「いいね」


「青春だ」


 ステージ上の司会。


「歌も得意なんですか?」


「私も、結構上手いです」


 その言葉聞いて。


 新田先生。


 我が意を得たり。


「ああ、やっぱり」


「うん?」


「先生の指導が良いから、自信になってるんだよ」


「ああ、そうか」


「いい先生なんだろうね」


「そうだね」


 頑張れ、若人よ。


 君のいく道は険しいが。


 きっと実りが多いはずだ。


 男二人。


 後方腕組み見守り態勢。


 そして曲、始まる。


 前奏。


 歌う。


 新田先生。


「…………」


 作曲家先生。


「…………」


 歌が続く。


 榊原美冬の歌。


 輪郭がはっきり。


 たとえるなら。


 クリスタルガラスのような美しさ。


 一点の曇りもない。


 小早川千紘の歌。


 柔らかい。


 でも、ぼやけているわけではない。


 曇りがあっても、それが短所に思えない。


 作曲家先生。


 組んでいた腕がほどける。


 新田先生。


 組んでいた腕がほどける。


 榊原美冬の歌とは。


 違う。


 でも。


 声、技術、表現。


 長い時間、積んでる。


 二人、顔を見合わせる。


 二人、何も言わない。


 小早川千紘が歌う。


 終わる。


 拍手。


 二人も拍手。


 小早川千紘が頭を下げて、ステージから降りる。


 しばらく。


 絶句。


「ねえ」


「なに?」


「いま」


「うん」


「僕たち」


「うん」


「頑張ったら楠木さんくらい上手くなれるって言った?」


「言ったね」


 沈黙。


「本当にあの子たち、何者なの?」


「むう」


 知らない。


 楠木七菜、高校二年生。


 青葉野高校吹奏楽部。ホルン。


 榊原美冬、高校三年生。


 青葉野高校吹奏楽部。オーボエ。


 それくらい。


「聞いてみるか」


「僕もいく」


 二人して、ステージ横に。


「楠木さん」


「あ、新田先生。よく会いますね」


「ちょっといい?」


「はい」


 小早川千紘を、見る。


「こちらは?」


「あ」


 そういえば前会ったとき、紹介してない。


「小早川千紘先輩です」


 三人。


 それぞれ挨拶。


「こんにちは」


 少し、間。


「君も、声楽やってるの?」


「はい」


「ああ」


 ちょっと安心。


 クラリネット専門とか言われたら。


 どうしようかと。


「結構長く?」


「はい、小学生の頃から」


「ああ」


 さらに、安心。


「榊原さんと同じ?」


「はい、ずっと一緒にやってました」


「ああ」


 男二人。


 納得。安心。


「なるほど」


「?」


 小早川千紘、ちょっとよくわからない。


「いや」


「さっきちょっと失礼なことを言っちゃってね」


「?」


 二人が話したの、観客席。


 聞こえていない。


 別に、言わなくても良い。


 でも。


「てっきり、君も榊原さんの生徒かと思って」


「頑張れば楠木さんくらい上手くなれる、と」


 その言葉聞いて。


 立花奈緒、吹き出す。


 楠木七菜も、吹き出す。


 さすがの榊原美冬も肩を震わせる。


 小早川千紘は、涼しい顔で。


「七菜ちゃん上手いから」


「いやまあ、そうなんだけど」


 でも、と続ける。


「私も結構上手いですよ」


「「知ってる!」」


 新田先生と作曲家先生の声が重なり。


 笑い声になる。






 高校生は帰って。



 男二人。



 作曲家先生。


「面白い子がいるって」


「うん」


「一人かと思うじゃない」


「だよね」


「二人目が出てきて」


「うん」


「ひっかけたなと思ってたら」


「うん」


「三人目が出てきた」


「三人目は僕も知らなかった」


 笑う。


「また呼んでよ」


「なにに?」


「何でもいいよ」


「わかった」


 二人。


 撤収中のステージを見る。



 音楽イベントは。



 いくらでも生える。





 なぜなら、その方が、都合が良いから。







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