私、楽器は結構上手いので
楽器店。
吹奏楽に使うような楽器から。
バンドに使う楽器まで。
なんでも置いてる。
店内にはミニステージまであって。
たまに。
ミニコンサート、やる。
結構好評。
ファンもついてる。
バンド側、コンサートやれる。
楽器店側、お客さん集められる。
いわゆる。
ウィンウィン。
休日の昼。
コンサートまで。
あと二時間。
「いまどんな状態なのよ」
「病院で点滴受けてる」
楽器店の店主と。
バンドのボーカル。
深刻そう。
「大丈夫なの?」
「大丈夫では、ある」
ボーカルが答えて。
ベース担当が繋ぐ。
「でも、病院から動ける状態じゃないみたい」
「何が悪かったの」
店主の質問に。
ボーカルが答えづらそうに。
「……生ガキ」
ああ、と。
店主が天を仰ぐ。
生ガキ。
この時期最高に美味しい。
でも。
あいつら、ときとして。
人間に牙をむく。
「それで、コンサートはどうする?」
重い沈黙。
「ギターかベースなら」
「俺が歌いながらなんとかするんだけど」
「キーボードだもんな」
さすがに。
キーボードがぬけては。
中止もやむをえない。
そういう空気。
「あのう……」
話しかけられて。
店主。
接客モード。
「あ、すいません。いらっしゃいませ」
見た感じ。
女子高生四人組。
この年代のお客さんは。
吹奏楽部員が多い。
その中の。
なんとなく優しそうなタイプの子が。
「すみません、お話がちょっと聞こえたんですが」
バンドメンバーたちと視線を交わして。
「あ、ミニコンサート目当てのお客さんですか」
「実は、ちょっとメンバーの一人が体調不良を起こしまして」
「もしかしたら中止になるかも」
「申し訳ありません」
頭を下げる。
「キーボードですか?」
尋ねられる。
「はい」
女の子。
他の三人と視線を交わして。
「もしよかったら、なんですが」
「キーボードでしたら、お手伝いできるかもしれません」
その言葉に食いついたのは。
ボーカル。
「君、高校生?」
「はい、青葉野高校の三年生です」
「楽器やるの?」
「今は吹奏楽部員で、楽器は結構上手いと思います」
ちょっとがっかりな顔。
「吹奏楽じゃ、ピアノもないんじゃない?」
「以前はピアノもやっていましたから」
「……曲も既存曲じゃないんだ。俺たちのオリジナルで」
そこまで言ったところで。
ベース担当の男が。
口を挟む。
「なあ、とりあえずやってもらってみないか?」
注目が集まる。
「どうせこのままじゃ中止なんだし」
「たしかに」
「だったら、合わせるだけやってみないか?」
ボーカルの男。
少し考えて。
「じゃあ、合わせてみるだけ、頼んでもいい?」
「はい」
店主にも確認。
問題なし。
ただ。
「お前たちの曲、初見じゃ本当に難しいから」
「駄目でも絶対文句言ったりするなよ」
「わかってる、駄目で元々だ」
休日に。
楽器のメンテナンス用品を買いに来た。
そうしたら。
ミニコンサートの予定。
買い物して、お茶でもして。
後で観に来ようか、なんて話をしてたら。
深刻そうに。
中止の相談。
お手伝いを申し出たのは。
小早川千紘。
バンドメンバーから渡された。
楽譜を見ている。
「大丈夫なんですか?」
楠木七菜が。
榊原美冬に聞く。
「千紘、ピアノは結構やってたわ」
「キーボードは?」
「かじった程度」
不安要素しかない。
小早川千紘。
吹奏楽部三年生。
クラリネット担当。
クラリネットが上手いのは知ってる。
たぶん。
他の全国大会常連の学校の。
クラリネットと比べても。
負けてない。
というか。
勝ってる。
歌とは別方向で。
どうかしてるくらい上手い。
青葉野高校吹奏楽部が。
全国大会に出場した。
原動力のひとり。
後輩の面倒見も良くて。
楽器の指導も上手い。
しかも優しい。
でも。
知らない曲を初見で。
かじった程度のキーボード。
弾けるもの?
ただ。
榊原美冬が。
全然心配そうにしていない。
なんとなく。
後方腕組みを感じる。
これまでの。
経験により。
いける気もする。
ミニステージ前に。
椅子を並べて。
座る。
楽譜を読む小早川千紘。
キーボード担当が使っていた楽譜。
書き込みも多い。
ここでベースと合わせる。
ここはボーカルのマイクパフォーマンスがある。
ここはキーボードのアドリブ。
頑張ってるのが。
よくわかる楽譜。
「いい曲ですね」
小早川千紘が言う。
「どう、弾けそう?」
聞かれて。
「なんとかなるとは思います」
小早川千紘が頷く。
「とりあえず合わせてみて」
「おかしいところがあれば」
「指摘してください」
バンドメンバー頷いて。
ドラムがリズムを取り。
ベースが入って。
キーボードが続く。
「……」
弾けてる。
初見でそんなに。
弾けるわけない。
でも弾けてる。
ボーカルが歌う。
歌いながら。
少し混乱。
おかしい。
おかしいところがない。
入院中の。
キーボード担当の。
楽譜は渡した。
でも。
そんな簡単に。
入れるものではない。
サビが終わり。
ベースとキーボードのパフォーマンス。
できてる。
そんなはずは。
曲は楽譜がある。
でも、パフォーマンス。
即興で合わせてる?
そんな馬鹿な。
曲は進む。
二番。
歌う。
違和感がないのが違和感。
サビ、終わる。
Cパートの前に。
キーボードのアドリブ。
さすがに無理。
無理のはず。
でもなんか。
アドリブ入れてる。
嘘やん。
もちろん、いつものアドリブとは違う。
聴いたことのないアドリブ。
曲から浮いてもいない。
ちゃんとパフォーマンス。
そしてCパート。
ボーカルの腕の見せ所。
いつものキーボード。
目立とうとするところ。
ここで目立つべきはボーカル。
あいつの楽譜。
なんて書いてあるんだ。
歌う。
キーボード。
目立たない。
きちんと自分の仕事。
こなしてる。
そして。
最後のサビ。
一番難しいところ。
同じサビでも。
同じ弾き方をしたのでは。
盛り上がらない。
歌う。
だからなんで。
弾けるの。
歌う。
そして。
結局一度も止めることなく。
曲は終わった。
榊原美冬が横を見ると。
並んで座って聴いていた。
楠木七菜と立花奈緒。
背後に宇宙が広がる猫みたいな表情。
なんか久しぶり。
「大丈夫だったみたいね」
榊原美冬が言う。
二人、その言葉で再起動。
楠木七菜。
「大丈夫っていうか」
立花奈緒。
「なにこれ」
榊原美冬はなんてことないように。
「千紘は、歌より楽器の方が上手いのよ」
思わず固まる。
知ってた。
クラリネットが上手いのは知ってた。
でも、その上手さ。
歌ほどわかりやすくない。
キーボードがこれで。
歌より楽器が上手い。
じゃあ、いつも聴いてた。
クラリネットはどれだけ。
バンドメンバー。
全員。
背後に宇宙が広がる猫みたいな表情。
曲は終わってる。
小早川千紘がキーボードから手をおろして。
「どうでしたか?」
ボーカルに聞く。
「……あ、いや」
半ば呆然。
「ええと、高校三年生?」
「はい」
「吹奏楽部」
「はい」
「普段楽器は何やってるの?」
「クラリネット吹いてます」
「……なんで?」
「私、楽器は結構上手いので」
バンドメンバーは。
考えるのを止めて。
とりあえず他の演奏予定の曲も合わせる。
誰も文句は言わない。
本当に細かい調整は入れて。
その調整も。
言われたらすぐに修正して。
無事、本番。
ミニコンサートとはいえ。
それなりに集まった観客を前にして。
練習通りパフォーマンス。
問題なく。
ミニコンサートは終わった。
女子高生四人組は帰り。
「ねえ、あの子、よく店に来るの?」
店主に聞く。
「いや、どうだろう。そんなに印象にはないんだが」
もう、わかってる。
全員わかってる。
初見でそれなりに弾けるだけでも。
大したもの。
初めて入ったバンドの中で。
いきなり演奏して。
アドリブまでこなした。
本人曰く。
楽器は結構上手い。
どうかしている。
寡黙なドラムがポツリと。
「また、機会があれば一緒にやりたいな」
ボーカルの男、思わず笑って。
「次は、あいつに生肉でも食わせてみるか」
メンバー、爆笑。
まあ、あいつが戻ってきたら。
練習しよう。
帰り道。
「キーボードは久しぶりだったからちょっと心配だったけど」
「なんとかなったね」
小早川千紘が言い。
榊原美冬が笑う。
「千紘のキーボード、良かったよ」
「うん、ありがとう。曲も面白かった」
「難しかった?」
「そうだね、難しい方だと思う」
そんな話を聞きながら。
楠木七菜がぽつり。
「千紘先輩、キーボードも上手かった」
どちらかと言うと。
立花奈緒に向けた言葉。
でも。
小早川千紘が立ち止まり。
軽く振り返って。
「七菜ちゃんには前に言ったことあるけど」
「私、歌と楽器は結構上手いよ」




