三人で合わせるでしょ
楠木七菜が歌を習い始めて。
結構な日数が経った。
物語開始時。
晩秋。
今。
冬。
ただし、この世界。
一年の日数。可変。
一年が七百日くらいになることも、可能。
したがって、結構な日数が経ったけど。
まだ、年は明けていない。
二学期の冬。
問題ない。
なぜなら、その方が、都合が良い。
そして、音楽イベント。
今回は屋内イベント。
商業施設。
問題ない。
作詞家の新田先生と。
その友人の作曲家先生がいる。
作曲家先生には、名前はまだない。
「来たね」
参加者受付に。
見覚えのある後ろ姿。
楠木七菜。
他、三名。
いつものメンバー。
受付が終わったところで。
客席から手を上げる。
楠木七菜、気づく。
手を振り返す。
駆け寄ってくる。
他の三人は、ゆっくり歩く。
「こんにちは」
「先生こんにちは!」
「今日も参加するの?」
「はい、ただ空き枠が少ないみたいで」
「そうなんだ」
「三人が別々には歌えなさそう」
「ああ。それは残念」
「ですよね」
「うん、三人の歌聴きたかった」
「なので」
「うん?」
「今日は、一緒に歌おうかと」
「一緒に?」
「はい」
「三人で?」
「はい」
榊原美冬、小早川千紘、立花奈緒。
やってくる。
新田先生。聞く。
「三人で歌ったことあるの?」
「ないです」
「……」
新田先生沈黙。
作曲家先生が続ける。
「ないの?」
「はい」
視線を榊原美冬に。
「三人ではないですね」
「うん」
小早川千紘も肯定。
「今日初めて?」
「はい」
話を聞いて。
新田先生。考える。
「楠木さん」
「はい」
「大変だよ?」
「はい」
「わかってる?」
「わかってます」
新田先生。
榊原美冬、小早川千紘を見る。
「二人と一緒に歌うんだよ?」
「はい」
少し、笑う。
「歌いたいので」
「……」
新田先生、沈黙。
作曲家先生は笑う。
「強いねえ」
「そうですか?」
立花奈緒。
作曲家先生に同意。
「強いですよね、本当に」
楠木七菜、振り返る。
「普通、一緒に歌おうとは思いません」
「なんで?」
「なんでって」
立花奈緒が、先輩二人を見る。
「これですよ?」
「これって何よ」
これには榊原美冬も抗議の声。
小早川千紘は笑顔。
楠木七菜は少しだけ考えて。
「でも」
榊原美冬を見る。
「一緒に歌ったら」
小早川千紘を見る。
「楽しそうじゃない?」
「……」
立花奈緒。沈黙の後。
「まあ」
間。
「七菜らしいかな」
ステージ。
三人。出番までもう少し。
観客席も三人。
「ねえ」
「はい?」
新田先生が立花奈緒に話しかける。
「君も吹奏楽部なんだよね?」
「はい」
「担当は?」
「チューバです」
「……歌は?」
「私は、歌の方はさっぱり」
おお。
ここに来て。
普通。
でも、油断できない。
「ちなみに、歌の方の腕前は?」
「普通です」
「普通」
「はい、普通」
「……本当に?」
「結構上手い、なんてことはないです」
おお。
普通。
普通って素晴らしい。
そうこうしているうちに。
三人がステージに上がる。
新田先生。
「本当にやるんだ」
作曲家先生。
「楽しみじゃない?」
「それはまあ、楽しみだけど」
「じゃあ良いじゃない」
話を聞いていた立花奈緒。
口を挟む。
「多分、大丈夫ですよ」
「ふむ」
「七菜、吹奏楽でもそうだったんですが」
「うん」
「ソロで吹くよりも、合奏の方が得意なんですよね」
「そうなの?」
「はい」
「どんなふうに?」
「ホルンの腕前なら、他に上手い先輩、同級生、いたんですよ」
「うん」
「でも、合奏になると。なぜか七菜のホルンの方が馴染むことが多くて」
「……うん」
「だから、今回もそうかなって」
「なるほど」
楠木七菜。
青葉野高校二年生。吹奏楽部。
担当楽器はホルン。
歌が、結構上手い。
面白い子。
この子。
まだ何かあるの?
そうして、三人の歌が始まる。
前奏。
歌、入る。
榊原美冬の声。
強い。
そこに小早川千紘の声が重なる。
柔らかく、受け止める。
楠木七菜が入る。
「……」
新田先生。
少し、眉。
動く。
楠木七菜、歌う。
悪くない。
上手い。
でも。
やっぱり。
二人が強い。
新田先生が楠木七菜を見る。
歌いながら。
探してる。
自分の声。
二人の声。
自分の声の、居場所。
一番が終わる。
間奏。
楠木七菜、ひと息。
榊原美冬、小早川千紘。
楠木七菜に視線だけ向ける。
二番。
楠木七菜、入る。
一番と違う。
少し、引いた。
弱く、ではない。
場所を変えた。
榊原美冬、気づく。
そして、変える。
小早川千紘も気づく。
少し変える。
楠木七菜が聴いて。
また場所を少しだけ変える。
新田先生。
笑う。
三人の歌。
一人。一人。一人。
ではない。
三人。
立花奈緒が聴く。
ひとつ、頷く。
頑張れ。
楠木七菜。
この曲は三番もある。
二人の重なる歌に。
楠木七菜が入る。
「……あ」
思わず声が出たのは新田先生。
隣の作曲家先生が見る。
ごめん、とジェスチャー。
ステージを見る。
楠木七菜。
もう、探していない。
歌う。
榊原美冬、歌う。
小早川千紘、歌う。
そして楠木七菜、歌う。
三人が歌う。
歌が、終わる。
拍手。
新田先生。作曲家先生。
立花奈緒も、拍手。
三人がステージから降りてきて。
観客席に。
「楠木さん」
「はい」
「えっと……」
言葉、探す。
「君」
「はい」
「よく入れるね」
ステージ前とは、ちょっと違う言葉。
「難しかったです」
「だろうね」
「はい、すごく」
「一番」
「はい」
「探してたでしょう」
「あ」
照れ笑い。
「わかりました?」
「わかるよ」
続ける。
「二番で変えた」
「はい」
「三番」
少し、間。
「見つけたね」
楠木七菜、笑顔。
「はい」
「すごいね」
「ありがとうございます。でも」
「でも?」
「二人が合わせてくれたので」
黙って聞いていた榊原美冬。
「七菜」
「はい?」
「七菜も、合わせたでしょう?」
「はい」
小早川千紘が言葉を続ける。
「三人で歌ってるんだから」
そして、榊原美冬。
「三人で合わせるでしょ」
新田先生も笑顔になって。
「そうだね」
立花奈緒が口を開く。
「七菜」
「なに?」
「一番」
「うん」
「ちょっと危なかったね」
「やっぱり?」
「うん」
「二番はどうだった?」
「良かった」
「三番」
立花奈緒。
少し。
笑って。
「結構上手かったよ」
楠木七菜。
ご満悦。
女子高生四人は帰り。
新田先生。
作曲家先生。
まだ会場にいる。
「ねえ」
「なに?」
「あの子たち」
「うん」
「本当になんなの?」
「青葉野高校吹奏楽部の女子高生」
「それは知ってる」
笑う。
「次は何をやってくるんだろうね」
「……」
「……」
少し考えて。
考えないことにした。
新田先生。
「でも」
「うん」
「また聴きたいね」
「うん、そうだね」
青葉野。
音楽イベント。
いくらでも生える。
問題ない。
なので。
聴く機会。
きっと、くる。




