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ちょっとやってみたくなりました






 青葉野高校吹奏楽部顧問。


 佐々木先生。


 四十代女性。


 名前はまだない。


 学校に依頼が来た。


 地域文化交流。


 青葉野高校吹奏楽部。


 今年全国大会出場した。


 せっかく地域にそういう学校があるなら。


 ぜひ演奏を。


 お誘い自体はありがたい。


 ただ。


 会場。


 吹奏楽の大会に使われるほどには。


 大きくない。


 小さくはないのだけど。


 人数を絞る必要、ある。


 二十人から二十五人くらいだろうか。


 ちょっと思いつく。


 全国大会。


 佐々木先生が指揮棒を振った。


 でも、これ。


 地域文化交流。


 学生に指揮を、任せても。


 面白いかもしれない。




 小早川千紘。


 佐々木先生に呼び出され。


 相談。


 実は。


 元部長。


 現部長も傍にいる。


「良いと思いますよ」


 小早川千紘が同意。


 現部長も頷いている。


「じゃあ希望を聞いてみましょうか」


「そうですね」


 もし。


 希望者がいなければ。


 佐々木先生が指揮をする、ということで。




 音楽室。


 引退した三年生も集められる。


 告知。


 青葉野地域文化交流会。


 参加者。


 二十名から二十五名。


 指揮も今回は学生に任せる。


「参加希望者は、申込用紙に名前と担当楽器を記入して、提出してください」


 希望者多数の場合は、抽選。


 今回は実力順という訳では、ない。


「では、指揮をやってみたい人」


 誰も。


 手を上げない。


 それはそう。


 指揮、音楽知らない人が思ってるよりは。


 難しい。


 ただ棒を振っているだけでは、ない。


 音の入り。


 音の調整。


 全体のバランス。


 聴いて、判断して、指示している。


 個々が上手くても。


 合体事故を起こすことが、ある。


「では、推薦はありますか」


 一応聞く。


 誰も手を上げないだろう、と皆思っていた。


 けど。


 手が上がった。


 榊原美冬。


「はい、榊原さん」


 指名。


 誰を推薦するのか。


「楠木さんがいいと思います」


「え?」


 声を上げたのは。


 楠木七菜本人。


 思わず。


「なんでですか?」


 その場で聞いてしまう。


「向いてると思ったから」


「指揮に?」


「指揮に」


 少し。


 考えて。


「私」


「うん」


「ホルン吹きたいんですけど」


「じゃあ、吹けば?」


「え?」


「ホルンが吹きたいなら吹けばいいと思う」


「いいんですか?」


「私は向いてると思って、推薦しただけだから」


 結局その場では。


 指揮者は決まらず。


 楠木七菜。


 考えてみます、と返事。


 そんな感じで。


 結論は持ち越しになった。






 放課後。


 空き教室。


 いつもの四人。


「どうして私を推薦したんですか?」


「向いてると思ったから」


 同じ返事。


 もう少し。


 突っ込んだ質問。


「じゃあ、どうして向いてると思ったんですか?」


 榊原美冬。


 少し考えて。


「この前」


「はい」


「三人で歌ったじゃない?」


「ああ」


 頷いて。


「歌いましたね」


「あのとき」


 小早川千紘と顔を合わせる。


「最初は私と千紘に合わせようとしてたわね」


「……はい」


「でも途中でやめた」


 楠木七菜は考える。


「やめたっていうか」


「自分がどこに入ればいいか考えたでしょう」


「はい」


「それで七菜が変わった」


 続ける。


「だから私も変えた」


 楠木七菜、考え込む。


「千紘も」


「うん」


 小早川千紘も頷く。


「私も変えたよ」


「それを聞いて、七菜もまた変えた」


 榊原美冬が言った。


「ずっと私たちの声を聴いてたでしょう」


「……」


「自分で歌うので精一杯にはなってなかった」


 黙って聞く。


「あなた、人の音を聴いてるのよ」


 黙って聞く。


「自分より上手い人がいても、その人だけに全部合わせればいいとは思わない」


「……」


「自分も変えるし、必要なら相手にも変えて欲しいと思う」


 楠木七菜。


 少し、目を丸くする。


「それ、指揮をするなら、役に立つんじゃない?」


「……なるほど」


 考える。


 ホルンを吹きたい。


 それは本当。


 イベントで演奏するなら。


 普通に、みんなと吹きたい。


 指揮なんてやったことがない。


 難しい。


 でも。


 榊原美冬が。


 向いていると言った。


 歌を教わったから。


 知ってる。


 甘くない。


 できていないものは、できていないと。


 何度も言われた。


 少し良くなった程度で、すごいとは、言ってくれない。


 その人が。


 自分を見て。


 向いていると思った。


 楠木七菜。


 口元が。


 ゆるゆる。


 立花奈緒が、それを見ていた。


「嬉しそう」


「う、うるさい」


「まだ何も言ってませんけど」


「言ったじゃん」


「そうだった」


 楠木七菜がもう一度美冬を見る。


「美冬先輩」


「なに?」


「本当に、向いてると思います?」


「思ってなかったら言わない」


「ですよね」


 考える。


「でも……ホルンも吹きたいんだよなあ……」


 空気が軽くなる。


 榊原美冬が、言う。


「ねえ」


「はい」


「七菜にとって、今はホルンが吹きたい気持ち」


「はい」


「これって、一番でしょ?」


「……はい」


「で、今はちょっと指揮もやってみようかなと思ってる」


「はい」


「二番を選んだって、良いんじゃない?」


「……」


「一番以外はどうでも良いという訳ではなくて」


 小早川千紘が榊原美冬を見てる。


「二番を選んだから一番を捨てるわけでもなくて」


 じっと、見ている。


「そういうとき、二番を選んじゃいけない?」


「いけなくはないと思います」


 そうでしょう、と頷いてから。


「でもまあ」


「はい」


「ホルンを吹きたいなら」


「はい」


「ホルンを吹けば?」


 楠木七菜が笑う。


 立花奈緒も、小早川千紘も笑った。


「考えてみます」


 そうして、歌の練習をして。


 夕方に帰った。





 翌日。


 職員室。


 楠木七菜が、佐々木先生の元に。


「先生。指揮なんですけど」


「はい」


「私でも。いいですか?」


 佐々木先生は、すぐには答えなかった。


 楠木七菜を見て、少し考えて。


「楠木さんは、やってみたいですか?」


「……」


 考える。


 やってみたい。


 最初からそうだったかと言われれば。


 違う。


 吹きたかった。


 今だって吹きたい。


 でも。


 知らなかった自分を、ひとつ。


 教えてもらった。


 だったら。


 二番を選んでもいいかなと。


 思えるくらいには。


「ちょっと」


 楠木七菜は笑った。


「やってみたくなりました」


 佐々木先生も笑顔。


「では、やってみましょうか」


「はい」


 決まった。




 青葉野地域文化交流会。



 吹奏楽演奏。




 演奏。




 青葉野高校吹奏楽部。




 指揮。




 楠木七菜。





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