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注文の多い下手なコンダクター





 楠木七菜。


 高校二年生。


 吹奏楽部。


 初めての、指揮挑戦。


 コンダクターとも、言うらしい。


 格好いいので、コンダクター。


 よい。


 歌うま女子高生。


 コンダクターになる。


 将来的には。


 マエストロとか呼ばれるように。


 なるかもしれない。


 その。


 最初の一歩。


 練習。


 皆の前に立って。


 指揮棒を構える。


 いざ。






 曲が。


 止まる。


「……」


 皆の視線が。


 一斉に、楠木七菜に集まる。


「…………」


 沈黙。


 楠木七菜、チューバを抱える立花奈緒を見る。


 立花奈緒も、楠木七菜を見ている。


「なに?」


「何も言ってないよ」


「顔に書いてある」


「そう?」


「なに」


「じゃあ……」


 立花奈緒。


「七菜の指揮」


「うん」


「下手だね」


「初めてなんだから仕方ないでしょ!」


 爆笑。


 いや、本当に下手。


 びっくりするくらい下手。


 普段、佐々木先生の指揮でやってるから。


 余計に感じる。


 音の入り、わからない。


 棒を振るのに必死。


 なんかテンポも合ってない。


 本当に下手。


 佐々木先生も笑ってる。


「では、まず」


「振り方から練習しましょうか」


「はい……」


 知らなかった自分。


 見つけた。


 でも。


 見つけただけで。


 できるとは。


 限らない。


 だから、練習する。





 翌日。


 楠木七菜、指揮棒を持つ。


 振る。


 難しい。


「はい、一旦止めましょう」


 佐々木先生が演奏を止める。


 楠木七菜、息を吐く。


「大丈夫だよ」


 言ってくれたのは、クラリネットの小早川先輩。


 優しい。


 榊原美冬は、今回不参加。


 歌の練習優先。


「えっと」


 立花奈緒を見る。


「なに?」


「別になにも」


「絶対何か思ってる」


「指揮下手だなって」


「言った!」


「言って欲しい、を振られたのかと思って」


「違う!」


 笑いが起こる。


 佐々木先生も少し笑う。


「では楠木さん」


「はい」


「もう一度、今の箇所からお願いします」


「はい」


 構える。


 振る。


 始まる。


 楠木七菜、見て、聴いて。


 違う。


 なにか違う。


 止める。


「すいません」


 部員。演奏。


 止まる。


 楠木七菜が少し考えて。


「いま、ここの入り」


 クラリネットを見て。


「ちょっと遅かった?」


 小早川千紘ともうひとりのクラリネットが。


 顔を見合わせる。


「少し?」


「少し」


 楠木七菜の視線が今度はホルンに。


「あと、私たち」


 ホルンを見る。


「あ」


 間。


「私たちじゃない」


 少し、笑い。


「ホルン、そこ、ちょっと大きいと思う」


「わかった」


「では、もう一回お願いします」


 指揮棒を構える。


「楠木さん」


 佐々木先生。


「その前に」


「はい」


「いま、ホルンを小さくしたいと思ったのは、なぜですか?」


 聞かれる。


 楠木七菜、考える。


「え、大きかったから」


 笑い。


 佐々木先生も笑って。


「では、大きいことで何が起きていましたか?」


 頭の中で。


 もう一度。


 今の演奏。


 クラリネット、ちょっと遅い。


 ホルン大きい。


 ええと。


「あ」


「はい」


「木管が気持ちよく聴こえにくかった」


「そうですね」


「だから……」


 少し考えて。


「ホルンを小さくする?」


「それもひとつです」


「ひとつ」


 楠木七菜、少し眉を寄せる。


「他にもあるんですか?」


「あります」


「……」


 なんだろう。


 考える。


 さっぱりわからない。


「なんですか?」


「いまのところは、他にも正解がある、というくらいで良いでしょう」


「そうですか」


「楠木さんがホルンを小さくしたいと思ったのは、正解だと思います」


「はい」


「ただ」


「はい」


「どうして小さくするのか、を考えて」


「はい」


「伝えるようにした方が良いですね」


 言われて。


 ホルンを見る。


 いつも一緒に練習しているメンバーが、頷いている。


「ごめんなさい」


「ううん」


「クラリネットは私も遅いと思いました」


「はい」


 小早川千紘が返事。


「もう少し早く。でも、二人が揃うように意識してください」


「わかりました」


 練習は続く。







 練習開始から。


 一週間。


 楠木七菜の指揮も。


 ちょっとは成長した。


 初日ほどには、下手ではない。


 ただ、やっぱり。


 上手い、そこそこ、下手。


 このカテゴリで分けるなら。


 下手。


 まだ始めたばかり。


 仕方ない。


 だから、練習する。


 練習演奏。


「すいません」


 楠木七菜が止める。


「いま」


 楽譜を見る。


「二十七小節目」


 木管を見る。


「フルートとクラリネット」


「はい」


「少しだけ、前に出せますか」


 続ける。


「でも、音量を大きくするんじゃなくて」


「……」


 言葉、出ない。


 探す。


 佐々木先生、黙って待つ。


「なんて言えばいいんだろ」


 楠木七菜、考える。


「もっと聞こえてほしいんですけど」


 首を傾げる。


「大きくすると違う気がする」


 振り返って佐々木先生を見る。


「音の立ち上がりを、楽器単体ではなく木管全体で揃えてみてはどうでしょう」


 楠木七菜、頭の中で音を鳴らす。


「あ」


 笑顔。


「それです」


 木管パートメンバー、頷く。


「すいません、もう一回お願いします」


 演奏。


 同じ場所。


 木管のメンバー。


 横目で他を確認しつつ。


 呼吸を合わせる。


 演奏が変わる。


 楠木七菜。


 満面の笑顔。


 これ。


 気持ちいい。


 もう少し演奏が進んで。


 止める。


「すいません」


 今度はトランペット。


 吹いてるのは、引退した三年生。


「そこ、もう少し待ってほしいです」


「どこ?」


 楠木七菜、楽譜で示す。


「ここ」


「なんで?」


「前の木管を残したい」


 先輩。


 少し止まって。


「わかった」


 指揮は。


 まだまだ。


 でも。


 コンダクターに求められる要素。


 色々。


 高校の吹奏楽部員。


 自分の楽器の演奏の良し悪し、だいたいわかる。


 上手い学校と、そうでない学校が演奏したら、上手い方がわかる。


 でも。


 上手い学校とそうでない学校の、どこが違うのか。


 わかる人、少数派。


 さらに。


 どうやったら演奏全体が良くなるのか。


 良くなるための設計図を引ける人。


 少数派の中の少数派。





 楠木七菜。




 指揮は。




 まだ下手。




 でも。




 注文の多い。




 下手なコンダクター。







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