それ以外に何がいるの?
放課後、音楽室。
ホルン練習、終わる。
歌練習、始める。
いつもの。
先輩たちのところに行く前。
自分でチェック。
練習。
大事。
とりあえずで榊原先輩の前に立つの。
危険。
きちんと問題点。
持っていく。
自分の意見も。
持っていく。
そうじゃないと、話。
聞いてくれない。
厳しい先生。
スマホ再生。
止める。聴く。
歌ってみる。撮影。
再生。比べる。
ちょっとファイルさかのぼる。
一週間前の動画。
観る。
「…………」
今日の動画、聴く。
「…………」
隣。立花奈緒。
楽譜、見てる。
「奈緒」
「なに?」
「聴いて」
「何を?」
「これ」
スマホを渡す。
「これ」
一週間前。
そして今日。
「どう?」
立花奈緒、少し考える。
「今日の方がいいんじゃない?」
楠木七菜。
「どこ?」
「ここ」
動画止める。
動画進める。
「あと、ここも」
楠木七菜、聴く。
「……」
「あれ、わからない?」
「いや」
楠木七菜、むっつりした顔。
「わかる」
そのまま立花奈緒を見る。
「でも」
スマホを見る。
「これだけ?」
立花奈緒。
何も、言わない。
「一週間やった」
「そうだね」
「毎日」
「やってたね」
「これだけ?」
立花奈緒、少し考える。
「榊原先輩に聞いてみる?」
楠木七菜。
「聞く」
先輩たちの空き教室に行く。
「榊原先輩」
「なに?」
「聞いてください」
「いいわよ」
ふたつの動画。
再生。
榊原美冬。動画を観る。
「……」
楠木七菜、黙って待つ。
「今日の方が良いわね」
「どこですか?」
「ここ」
立花奈緒と同じところ。
「それからここ」
立花奈緒と同じところ。
「あとここ」
「あ」
楠木七菜。
「そこは、わからなかったです」
「そう」
「…………」
榊原美冬を見る。
「何?」
「上手くなってます?」
「なってるわよ」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうするのよ」
「どれくらい?」
「少し」
「…………」
「何よ」
「少し?」
「そうよ」
「一週間やったんですけど」
「知ってる」
「毎日」
「知ってるわよ。毎日来てたじゃない」
楠木七菜、見る。
榊原美冬を。
「これだけ?」
「ええ」
楠木七菜、視線が下がる。
立花奈緒と小早川千紘、黙って見守っている。
榊原美冬が楠木七菜を見ている。
「最初は」
楠木七菜。
「うん」
「毎日、わかったんです」
「何が?」
「上手くなってるの」
楠木七菜、指を折る。
「息、楽になった」
ひとつ。
「音、外さなくなった」
ふたつ。
「高いところ。出るようになった」
みっつ。
「声、前より揺れなくなった」
「録音聴いたら、すぐわかったんです」
「ええ」
「今」
スマートフォン、見る。
「わかんない」
榊原美冬。
「そう」
楠木七菜、顔を上げる。
「榊原先輩もありました?」
「なにが?」
「こういうの」
榊原美冬、即答。
「あるわよ」
楠木七菜、止まる。
「あるんですか?」
「当たり前でしょう」
「今も?」
榊原美冬、少し、考える。
「ある」
「…………」
「今も? 本当に?」
「そう言ったでしょう。嘘をついてどうするの」
「…………」
榊原美冬が椅子を引いて、座る。
「七菜」
初めて、名前呼ばれた。
「はい」
「最初はね、簡単なのよ」
榊原美冬が、楠木七菜を見る。
「簡単?」
「直すところがたくさんあるから」
「……」
今度は、榊原美冬が指を折る。
「息が駄目。直す」
ひとつ。
「音程が駄目。直す」
ふたつ。
「姿勢が駄目。直す」
みっつ。
「一個直せば、大きく変わる」
「はい」
「でも、そのうち、大きく直せるところがなくなる」
「……」
「そこからよ」
「何が?」
「練習」
楠木七菜、黙る。
榊原美冬がまた指を折る。
「昨日と違うかわからない」
ひとつ。
「一週間前と比べてもほとんど同じ」
ふたつ。
「一か月やって、やっとひとつできる」
みっつ。
「できたと思ったら、次の日できなくなる」
折れた指が戻る。
「前より下手になった気がするときもある」
楠木七菜、黙って聞いている。
「それでもやるの」
「何で?」
「上手くなりたいから」
即答だった。
楠木七菜、声がちょっと震える。
「それだけですか?」
「それ以外に何がいるの?」
強い。
「……」
立花奈緒がちょっと笑った。
「上手くなってるかわからなくても?」
「やる」
「やり方が合ってるかわからなくても?」
「考えてやる」
「考えても、わからなかったら?」
「聞いてやる」
「聞いても、わからなかったら?」
「とりあえずやってみる」
「それでも駄目だったら?」
「別のやり方を試す」
「それでも」
「七菜」
「はい」
「いつまで聞くの?」
「ごめんなさい」
榊原美冬が少し笑う。
「それでも駄目なら」
楠木七菜を真っ直ぐに見る。
「次の日また最初からやる」
「……」
「毎日やったからって、毎日上手くなるわけじゃない」
「でも」
「毎日やってたら」
「一週間にひとつくらい、何かできるかもしれないでしょう」
楠木七菜、スマートフォンを見る。
一週間前、そして今日。
立花奈緒が見つけたふたつと、榊原美冬が見つけたひとつ。
合わせてみっつ。
「みっつ、ありますね」
「何が?」
「一週間前より、良くなったところ」
「そうね」
「じゃあ」
少し、笑う。
「結構良いですね」
「そうね」
楠木七菜、スマホを置いて。
撮影開始。
「もうやるの?」
「はい。お願いします、美冬先輩」
初めて、名前で呼んでみる。
榊原美冬。文句は言わなかった。
「でも、今日は止めておきましょう」
「え、だめですか」
「今日は今日の動画を観て、どこが良くなるか考えなさい」
「わかりました」
「見つけても」
「はい」
「見つからなくても」
「はい」
「練習したければ、明日また来ればいい」
「はい」
その日は、それで解散した。
翌日。
楠木七菜。
ホルン練習、終わる。
先輩たちの空き教室に行く。
「七菜ちゃん」
言ったのは小早川千紘。
初めて名前呼ばれた。
「はい」
「今日もやるの?」
「やります」
榊原美冬は、少し笑っただけだった。
「だって」
二人が動きを止めて、楠木七菜を見る。
「今日やらなかったら」
笑顔。
「一週間後のひとつが、なくなるかもしれないので」
「そうね」
榊原美冬も笑った。
昨日と、ほとんど変わらない。
それでいい。
今日一日。
積んだ。




