あなたの声で、同じことを
吹奏楽、練習。
終わる。
ホルンを片付ける。
楠木七菜、ケースを閉じる。
「奈緒」
立花奈緒はチューバを片付けている。
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「昨日と同じでしょ?」
「うん」
「じゃあ、やっぱり嫌」
「むう」
楠木七菜、ケースを持って立ち上がり、教室のドアに手をかける。
「待って」
立ち止まる。
「帰るの?」
「帰る」
「何で?」
「奈緒が練習には金輪際付き合わないって言うから」
「そこまで言ってない」
「でも、都合悪いんでしょ」
「都合は、別に悪くない」
「じゃあ、私が嫌い」
「そんなことない」
「でも練習に付き合うのは嫌?」
立花奈緒、困る。
この娘、基本的に善人。
楠木七菜にそういう表情されると、困る。
「そんなこともない。じゃあ、ちょっとだけ」
「本当!? ありがとう!」
楠木七菜、急に元気。
ケースを机に置き、スマホとスマホスタンドを取り出してセットする。
ほんのちょっとだけ。
騙された、と思った。
でも、立花奈緒。楠木七菜のことは、嫌いでは。
ない。
いつかの空き教室。
榊原美冬が歌った動画、再生。
聴く。
楠木七菜、再生を止める。
「ここ」
立花奈緒。
「またここ? 昨日と同じ所じゃない?」
「同じ。でも昨日よりわかってきた」
「何が?」
「わからないところ」
「それ、わかってきたって言うの?」
「言う」
楠木七菜、姿勢を正す。
息、吸う。
歌う。
立花奈緒、歌を聴く。
実際のところ、かなり上手い。
先輩二人が、どうかしているだけ。
歌い終わる。
「どう?」
「昨日よりいい気がする」
楠木七菜、笑顔。
「本当? どの辺り?」
これが、ちょっと面倒くさい。
全体的に、とか言うと楠木七菜、納得しない。
「最初の歌の入り。昨日よりスムーズ」
「途中は?」
「昨日とあんまり変わらない」
「最後」
「ちょっと力入ってる気がする」
楠木七菜、満足げに頷く。
「うん、私もそう思った」
聞く意味ある?
スマートフォンの動画、再生。
今歌った自分の姿も、撮ってた。
自分の歌、聴く。
「…………」
真剣。
「自分の歌、そんな真顔で聴ける?」
「聴けるよ」
「恥ずかしくない?」
「恥ずかしい」
「じゃあ何で」
「聴かないとわからないから」
なるほど。
楠木七菜、画面をタップして操作する。
「ここだ」
「何が?」
「息」
もう一度、歌う。
違う。
もう一度。
少し、違う。
「今の」
曲止めたタイミング。
「良かった気がする」
「だよね」
もう一度。
廊下。
榊原美冬が歩いている。
今日の練習は終わり。
立ち止まる。扉、少し開いている。
中には、楠木七菜と、立花奈緒。
見る。
楠木七菜が、歌っている。
止める。
「違う」
「さっきより良かったと思うけど」
「でも違う」
「榊原先輩と?」
「うん」
「そりゃ、違うでしょ」
「何が違うんだろう」
「知らないよ、そんなの」
「考えて」
「なんで、私が」
「先輩の歌も、私の歌も、聴いたことがあるから」
「さすがに横暴」
二人が笑う。
もう一度。
榊原美冬。
「そこ」
二人が止まる。
振り返る。
榊原美冬が教室に入ってくる。
「榊原先輩」
「いつからいたんですか」
「少し前」
「声かけてくださいよ」
言ったのは楠木七菜。
「必要ある?」
榊原美冬が楠木七菜を見る。
「もう一回」
すぐ構えて、歌う。
今度は榊原美冬も聴く。
歌が終わる。
「もう一回、今度はさっきのところ」
「はい」
歌う。
「もう一回」
「同じところですか?」
「そう」
「どうやって?」
榊原美冬が首を傾げる。
「自分では、どう思うの?」
「息が、足りないような」
「違う」
「じゃあ、ちょっと力み過ぎている」
「それもある」
「じゃあ」
言葉、遮られる。
「歌って」
「はい」
もう一度。
榊原美冬。
「止まって」
歌、止める。
「今、何をしようとした?」
「榊原先輩みたいに」
「それは、わかってる」
「こう、何というか、声を前に」
「違う」
楠木七菜、黙る。
「私の声を、出そうとしたでしょ」
「……はい」
榊原美冬、ひとつ頷く。
「出ないわよ」
「無慈悲……」
言ったのは、立花奈緒。
榊原美冬が立花奈緒の方を向く。
「だって、出ないもの」
「ですよね。なんとなくわかってました」
楠木七菜に向き直る。
「あなたと私は違う」
「はい」
「声も違う、身体も違う、今までやってきたことも違う」
「はい」
「私の声は、出せない」
「……はい」
榊原美冬、少し考える。
「だから、私と同じ声を出そうとするんじゃなくて」
言う。
「あなたの声で、同じことをしなさい」
「同じこと」
「そう」
榊原美冬が軽く息を吸って。
歌う。
楠木七菜、聴く。
立花奈緒も聴く。
「今、何をしてると思う?」
「…………」
楠木七菜、考える。
「響かせてる?」
「どこで?」
楠木七菜、自分のお腹の辺り触る。
「ここ?」
「ちょっと違う」
もう一度榊原美冬が歌う。
「……あ」
「わかった?」
「多分」
「じゃあ、やって」
楠木七菜、歌う。
「違う」
もう一度。
「違う」
「はい」
もう一度。
「今の」
楠木七菜、止まる。
「もう一回」
歌う。
榊原美冬が笑顔になる。
「そう、それ」
楠木七菜、目、ちょっと大きく開く。
「今の、違った」
立花奈緒も、言う。
「でも、まだ駄目」
「もう一回」
言ったところで。
「今日はもう駄目。喉がちょっと疲れてる」
でも、やっと掴みかけたところ。
「あと一回だけ」
「駄目」
「駄目ですか」
「今日もう一回やって、明日出来なくなるのと、今日は止めて、明日十回歌うの」
真剣な表情。
「どっちがいい?」
「明日です」
「なら、今日は終わり」
「はい」
立花奈緒。
「素直」
「ただしいと思ったから」
「立花さん」
榊原美冬に声をかけられる。
「ずっと練習見てたの?」
「まあ、七菜に頼まれましたので」
その言葉を聞いて、少し考えて。
「暇なの?」
「違います!」
楠木七菜は笑っている。
「明日」
「はい」
「今日の動画聴いて、自分で思ったところがあったら、それを聞きに来てもいいわ」
「教えてくれるんですか?」
「私にわかることなら、ね」
「……ありがとうございます」
「お礼を言われるほどのことでもない」
「でも、今日教えてもらいました」
「まあね」
「昨日より、わかりました」
「そう」
榊原美冬、少し、笑う。
「なら良かった」
そうして、この日の練習は終わった。
吹奏楽の練習をして、歌の練習をして、帰った。
季節は、晩秋。
普通なら。
もう辺り真っ暗。
でも、女子高生を真っ暗な中帰すわけにはいかない。
教育的配慮、必要。
しかし、問題ない。
なぜなら、この世界。
一日の時間、可変。
この日は一日二十八時間あった。
しかも。
放課後の時間が増えた。
なので、太陽も沈まなかった。
三人とも、夕方に帰った。
ただし、一日は二十八時間、あった。




