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歌は結構上手いと思います






 休日、自分の部屋。


 撮影した榊原美冬の動画、再生。


 多分もう、百回以上観てる。


 姿勢、息を吸う場所、出し方。


 分かるところも、なきにしもあらず。


 でも、全体的には。


 なにがなんだかわからない。


 やっぱり、どうかしている。


 とりあえず良くわからないので、気分転換。






 外出、ショッピングモール。


 特にこれといった目的は、ない。


 でもなんか、いつもより騒がしい。


 ステージ、マイクパフォーマンス。


「はい、それではただいまより、飛び入り参加のコーナーです!」


 音楽系のイベントにありがち。


 案外飛び入り参加なかったりもするらしい。


 その場合、スタッフが飛び入りの振りして参加するのだとか。


「ステージの上で歌を披露してくださる方、ステージ向かって右の運営テントにお越しください!」


 なるほど、歌。


 楠木七菜、歌は結構上手い。


 人前で歌ったことも、ある。


 中学の文化祭とか。


 さっそくテントで受け付け。


 どうやらトップバッター。


 そう簡単に飛び入りする人、いない。


 ステージに上がり、マイクを渡される。


「はい、こんにちは! まずお名前聞いても良いですか?」


「楠木七菜です」


「楠木さん。高校生ですか?」


「はい、青葉野高校二年生です」


「なるほど、学校の部活ではなにを?」


「吹奏楽部で、ホルン吹いてます」


 プロの司会。


 緊張感ほぐすの、上手い。


「楠木さん、歌の方の自信は?」


「歌は結構上手いと思います」


 おおー、と大げさに驚く司会。


 笑い声と、小さい拍手。


 カラオケに入っている曲なら何でもいけるらしい。


 中学生時代にヒットした歌、選ぶ。


 誰でも知ってる。


 マニアックなものよりも、そっちの方がいい。


 ウケがいいから。


 曲が流れ始める。


 歌いだし、声を出す。


 普段より声が出てる気がする。


 練習の成果。


 今多分、音響の人がちょっとマイクの音下げた。


 ハウリング調整もばっちり。さすがプロ。


 気持ちよく歌える。


 曲、終わる。


 後奏が終わり、音が消える。


 拍手。大きい。


 うん、楠木七菜、歌。


 結構上手い。


 知ってた。


 それはそれとして、ご満悦。


「いやあ、本当に上手でしたね! 普段から歌っているんですか?」


「趣味で、少しだけ」


「なるほど! はい、素晴らしい歌声を聞かせてくださった楠木さんに、もう一度盛大な拍手を!」


 マイクをスタッフに渡し、ステージから降りる。


 そこに。


 榊原美冬と、小早川千紘がいた。


「楠木さん」


 声をかけてくれるのはやっぱり優しい小早川千紘。


「歌、上手なのね。すごく良かったよ」


「ありがとうございます」


 ちらり、と榊原美冬を見る。


「うん、上手だった」


 照れる。


 でもこの二人、どうかしてるくらい歌が上手い。


「先輩たちも飛び入りで?」


「うん、歌ってみたいなって」


「そうですか、楽しみにしてますね」




 間に一人挟んで、先輩の出番。


 二人一緒。


 司会の人、同じように名前と学校を聞く。


「お二人は、歌の自信のほどは?」


 二人。顔を見合わせる。


「結構上手いと思います」


 おおー、とまた大げさに驚く司会。


 しかし楠木七菜。この時点で後方腕組み状態。


 歌う曲。マイナー。


 一応知ってるけど、多分知らない人も結構多い。


 こういう場ではウケが悪い。


 ただし。


 普通の人が歌った場合。


 曲が始まる。


 スタッフの動き、止まる。


 ステージ端に移動した司会、固まる。


 歩く人、立ち止まる。


 吹き抜け。二階からのぞき込む人いっぱい。


 何事か。


 楠木七菜だけ、後方腕組み。


 屋外でもやっぱりどうかしている。


 めちゃくちゃ届く。


 室内のように跳ね返ってこないから、声が突き抜ける感じ。


 それなのに、通り過ぎた場所に歌が残る。


 どうなっているのかさっぱりわからない。


 機材調整する人、多分仕事忘れてる。


 そしてマイナーな曲、終わる。


 間。


 間。


 拍手。めちゃくちゃでかい。二階からも聞こえる。


 司会、再起動。


「えーーーーーーーーーーと」


「高校生?」


「はい」


 笑いが起きる。さすがプロ。狙ったかどうかはわからないけど。


「普段は吹奏楽部?」


「はい」


「担当はオーボエとクラリネット」


「ですね」


「それで歌が、これ」


 司会は。


 考えるのを止めた。


「はい、素晴らしい歌声をありがとうございました! 今一度盛大な拍手を!」


 二人がステージから降りる。



 その後。



 あの歌の後で。




 歌いたい人がいるはずもなく。





 飛び入り参加のコーナーは終わった。






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