動画、撮っとけば良かった
「どうしたの七菜、難しい顔して」
部活の練習中。
立花奈緒。二年生。
担当楽器、チューバ。
楠木七菜と、仲が良い。
一緒にカラオケに何度か行くくらいには、良い。
「動画」
「は?」
「動画、撮っとけば良かった」
「何の話?」
話が通じない。
当然。これはさすがに立花奈緒の責任ではない。
「ちょっと前、榊原先輩と小早川先輩が歌の練習をしてたの」
「歌? なんでまた」
「榊原先輩、歌手目指してるんだって」
「へー」
「それで練習聴いたんだけどさ。めちゃくちゃ上手かったの」
「そうなんだ」
「それ、撮っとけば良かったなって」
「なるほど。そんなに上手かったの?」
「上手かった」
「七菜だって、歌はかなり上手いでしょ」
「うん、結構上手いよ」
「七菜より上手かったの?」
「全然上手かった」
「全然」
「全然」
楠木七菜、考えた。
でも、高校三年生。
自分と、一歳しか違わない。
同じ高校生。
どうやったら、あんな風に歌えるんだろう。
「ねえ」
「ん?」
「やっぱり動画撮りたい」
「撮れば良いじゃない」
「一緒に来て」
「なんで?」
「友達のよしみ」
「いや、まあ……。ちょっとくらい良いけどさ」
二人連れだって空き教室。
声、もう聞こえる。
めっちゃ綺麗。
「うわ、確かに綺麗だね」
立花奈緒。驚く。
でも、締め切った扉挟んでる。
直接聴いたら、こんなものでは、ない。
歌が途切れるのを待って、扉を開ける。
「先輩、こんにちは」
「楠木さん、こんにちは。どうしたの?」
返事をしてくれるのは、小早川千紘。
やはり優しい。
榊原美冬、練習を邪魔しに来た敵を見るみたいな表情。
実際そう。でもちょっと怖い。
「えっと、先輩たちの歌、撮らせてもらえないかと思って」
スマホを見せながら頼む。
「え、どうして?」
「どうやって歌ってるのか、知りたいなって」
小早川千紘、首を傾げながら榊原美冬を見る。
「知ってどうするの」
「えっと。私、自分が歌ってるところ撮って、見ながら、歌の練習をしてるんです」
先輩二人、無言。
「あ、本当です。七菜いっつもやってて。それで先輩たちの歌も撮りたいんだと思います」
立花奈緒。ナイスフォロー。
「いいわよ」
短い返事。榊原美冬。
「あ、ちょっと待ってください」
歌だけ撮れればいいというものでは、ない。
呼吸、身体の使い方。その辺りも、知りたい。
全身が入るようにスマホを構える。
「はい、大丈夫です」
さっきまで練習してた。
身体、温まってる。
今回は、榊原美冬のソロ。
声。やっぱりめちゃくちゃ響く。
なのに、言葉が埋もれない。
歌詞の言葉が、言葉として届く。
どうかしている。
わけがわからない。
でも今日は、宇宙は背負わない。
二回目だから。
それにスマホ。
強い味方。あとで見返せる。
そうしたら、なにかわかるかも。
歌、終わる。録画ボタンをタップして、撮影も終える。
「これでいい?」
「はい、ありがとうございました」
楠木七菜、振り返る。
そこに。
背後に宇宙が広がる猫みたいな表情の。
立花奈緒がいた。




