歌うま女子高生
楠木七菜。
青葉野高校二年生。
吹奏楽部。
担当楽器、ホルン。
全国大会、出たことある。
楽器、ちょっと自信、ある。
でも実は。
楽器より、歌が上手い。
歌うま女子高生。
YouTubeとかにアップされている歌ってみた動画。
あれくらいは歌える。
スマホ。
自分の歌、撮影。
見返して修正。
独学でやってきた。
吹奏楽部。
ちょっと前に全国大会が終わった。
三年生、ほぼ引退。
楽器好きな先輩が、たまに参加したりはしてる。
廊下を歩く。
先輩が二人。空き教室に入っていく。
榊原美冬先輩。担当楽器、オーボエ。
小早川千紘先輩。担当楽器、クラリネット。
楽器、上手い。
部の中でも、かなり上手い。
しかも、美人。
榊原美冬、綺麗なお姉さん系。
小早川千紘、優しいお姉さん系。
楠木七菜。この二人、尊敬している。
なにしてるんだろう。
空き教室についていく。扉、開ける。
「あら、楠木さん。こんにちは」
小早川千紘。
「こんにちは。先輩たち、今日はどうしたんですか。楽器の練習ですか?」
「練習だけど楽器じゃない」
榊原美冬。相変わらずクール。
「歌の練習をしにきたの」
「歌ですか?」
「そう。コンクールも終わったし、本格的に歌の練習を。私、歌手になるから」
「私はその手伝い」
なるほど、歌。
でも。
歌手になりたい、ではない。歌手になる。
「歌手になる……って、もうデビューが決まってるとかですか?」
「まだ。でも、なる。決めてる」
そうなんだ。
さすがは榊原先輩。
言葉が格好いい。
「歌ですか。実は歌は私も結構上手いですよ」
「そうなの?」
小早川千紘が笑って聞き返す。
頷いて、続ける。
「プロを目指してるんだったら、榊原先輩は歌、上手なんですか?」
「そうね、上手いわ」
すごい自信。
「小早川先輩は?」
「美冬の方が上手。でも、私も結構上手よ」
同じ表現、使われた。
「練習、私も聞いても良いですか?」
小早川千紘が、榊原美冬に視線をやる。
「まあ、邪魔しないなら」
しません。
大人しく椅子を持ってきて座る。
楽器にしろ歌にしろ、練習場所。
結構、困る。
部活で使ってた部屋でやるの、自然。
二人、軽く喉を鳴らして、発声練習。
……。
…………。
………………え?
なんか、もう、違う。
二人の声。大きい。
いや、大きくない。
大きく感じる。
部屋、急に狭くなった。
音、飛ぶ。跳ね返る。届く。
発声練習でこれ。
どうかしてる。
発声練習を終えて、視線を交わす先輩二人。
歌。
知らない歌。
でも、わかる。
言葉、聞き取れる。
音程、わかる。
響き、わかる。
しかも声、めちゃくちゃ綺麗。その上、ぶれない。
どうかしてる。
上手い。
上手いって言うか。
なにこれ。
背後に宇宙が広がる猫みたいな表情の楠木七菜。
結構上手いとか言ってた人。
楠木七菜と、小早川千紘。
小早川千紘の歌。
どうかしてるくらい上手い。
榊原美冬の歌。
すごい。すごいとしか言えない。
ずっと宇宙を背負った猫。
歌が終わる。
「ふう……。どうだった、楠木さん?」
小早川千紘。
「あ、いえ。何というか。す、すごいですね」
「ありがとう」
「いつから歌を?」
「ずっと前から」
「二人とも?」
「二人とも」
榊原美冬。ちょっと笑う。
「楠木さんも歌ってみる? 結構上手いんでしょ?」
「あ」
これはまずい。
十分くらい前まであった自信が、今はもうない。
「ホルンの練習がありますので!」
「そう、それなら仕方ないわね」
「はい、それでは先輩頑張ってください!」
楠木七菜。戦略的撤退。
要するに。
逃げた。
全31話完結予定。
完結まで予約投稿済みです。
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