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綺麗に歌わなくていいです





 三人。


 息を。


 吸って。







 歌う。


 楠木七菜。


 歌いながら聴く。


 自分。


 榊原美冬。


 小早川千紘。


 歌。


 いまはまだ、三列の歌。


 どうやったら。


 ひとつになるのか。


 歌う。


 聴く。


 終わる。


 楠木七菜、沈黙。


「どう?」


 榊原美冬が問う。


 考えて。


 もう少しで。


 掴めそう。


 考えて。


「すいません、もう一回」


 小早川千紘が笑う。


「ええ、もちろん」


 歌って。


 聴いて。


 終わる。


 楠木七菜が楽譜を見て。


「美冬先輩、ここなんですけど」


「ええ」


「もう少し」


 少し考えて。


「綺麗に歌わなくていいです」


 間。


 間。


 間。


 絶句。


「今の。言い方間違えました?」


 小早川千紘が答える。


「ちょっと」


 榊原美冬が腕を組む。


「いいわ、続けて」


「はい」


 考える。


 言葉を探す。


「美冬先輩の歌、一音一音がすごく綺麗なんです」


「だからここがどうしても、美冬先輩を中心として」


「三人が並んで走ってる感じがします」


 榊原美冬と小早川千紘は黙って聞いている。


「私が美冬先輩に寄せられたらいいとは思うんですが」


「ちょっと難しいので」


「ここはもう少し、美冬先輩が千紘先輩の方に寄せられます?」


「私?」


「はい。千紘先輩は今のままで良いと思います」


「そうしたら、私が二人の後ろに場所を見つけて」


「入れるんじゃないかと……」


 榊原美冬が組んでいた腕をほどいて。


「わかった」


 楠木七菜、少し驚く。


「わかるんですか?」


「七菜が言いたいことは、たぶん」


 楠木七菜自身も。


 少し、わかっていない。


「すごい」


 楠木七菜にそう言われて。


 榊原美冬が少し目を逸らす。


「歌は私の方が上手いから」


「はい」


「……」


 小早川千紘が笑う。


「そこは即答なんだ」


「だって、本当なので」


 榊原美冬が楽譜を見ている。


「まあいいわ」


「続けましょう」


 歌う。


 聴く。


 終わる。


 楠木七菜。


「あ」


 小早川千紘。


「変わったね」


 榊原美冬は、楠木七菜に聞く。


「どう?」


「さっきより、私は好きです」


 榊原美冬が少し考えて。


「私も、この方が良いと思う。千紘は?」


「うん。私もいまの方が好き」


 三人、頷いて。


「なら」


 口の端を上げながら。


「もう一回」




 歌う。


 歌う。


「七菜、ここは?」


 歌う。


「美冬先輩がもう少し出た方が良いと思います」


「わかった」


 歌う。


 歌う。


「ここは?」


「千紘先輩がちょっとだけ抑える」


「これくらい?」


「もう少し」


「これ?」


「良いと思います」


 歌う。


 歌う。


「七菜」


「はい」


「今のところ」


「……」


「ちょっと遅かったですか?」


「そうじゃない」


「え?」


「あなたの歌」


「はい」


「いま、息が足りてない」


「あ」


「全体ばかりを聴いて、自分を忘れないこと」


「はい、すいません」


「疲れてる?」


「いえ、意識の問題です」


 小早川千紘が微笑んでいる。


「忙しいね」


「忙しいです」


「じゃあ」


「もう一回」





 別の日。


 練習室。


 三人と。


 佐々木先生、立花奈緒。


 歌を聴いてもらう。


 歌う。


 終わる。


「どうでしたか?」


 佐々木先生に聞いたのは小早川千紘。


「私は歌は専門ではないので」


「専門家としての意見ではありませんが」


「素晴らしい歌だと思います」


「修正すべき点があるようにも思えませんでした」


「この方向で、後は細かい完成度を上げていくと」


「良いと思います」


「自信を持って、頑張ってください」


 三人、顔を見合わせて。


「ありがとうございます」


「それにしても」


 佐々木先生が続ける。


「榊原さんと小早川さんが歌をやるのは知っていましたが」


「楠木さんは歌も上手なのですね」


 褒められた。


 嬉しい。


 ここは。


 どやりたいところ。


 でも。


 決め顔よりも。


 勝手に。


 顔がゆるむ。


「嬉しそう」


「う、うるさい」


 いらぬ横やりを入れてきた立花奈緒をあしらいつつ。


 表情を引き締めて。


「はい、私も歌は結構上手いです」


 きりっ。


 佐々木先生、笑って。


「では、こちらがコーラスコンクールの申込用紙です」


 渡される。


「書いたあと、郵送が必要なようですので」


「自分たちで郵送するか」


「私のところに持ってきても構いません」


「ただ、こういった申し込みで出し忘れがあってはいけませんから」


「自分たちで申し込んだ場合でも」


「書類を投函した時点で、私にも報告をください」


 そう言いながら。


 発送先の住所が書かれた。


 切手の貼ってある封筒も。


 一緒に渡してくれた。


「ありがとうございます。必ず報告します」


 そう言って、小早川千紘が受け取る。


 佐々木先生はそれで退室。


 残った四人で申込用紙を見る。


 参加申し込み。


 名前を書く欄。九枠。


 立花奈緒からボールペンを渡された榊原美冬。


 黙って小早川千紘に渡す。


 小早川千紘は少し笑って。


 自分の名前と、榊原美冬の名前を書き込み。


 ボールペンを楠木七菜に。


 楠木七菜は二人の名前の下に、自分の名前を書き込んだ。


 そして。


「チーム名?」


 名前の下に。


 チーム名を書く欄があった。


「ああ、ナントカコーラス隊、的なやつ?」


 立花奈緒が言って、三人が頷く。


「なるほど」


「どうしますか?」


「別に、チーム名くらいなんでも良いと思うけど」


 そうは言っても。


 じゃあ、これにしようという。


 アイデアが。


 出てこない。


「じゃあ」


 言ったのは、楠木七菜。


「青葉野高校吹奏楽部とか?」


 うーん、と考えて。


「私たちだけが吹奏楽部員じゃないしね」


 榊原美冬が却下。


 考える。


 意外とこういうのは。


 決まらない。


「あ、じゃあ」


 立花奈緒。


 考えたチーム名を言う。


「なにそれ」


 楠木七菜が笑う。


「でも、ちょっと面白いかも」


 小早川千紘も笑う。


「まあそれなら良いんじゃない?」


 と榊原美冬も承認。


「え、本当に良いんですか?」


 提案した立花奈緒が一番驚いている。


「じゃあ、はい」


 楠木七菜がボールペンを。


 立花奈緒に渡す。


「本当に?」


 立花奈緒もそんなことを言って。


 笑いながら。


 チーム名を記入。


 封筒に入れて。


 糊付けして。


 帰り道。


 四人でしっかりポストに投函。


 その場で佐々木先生に電話。


 報告。


 あとは。


 本番までしっかり練習して。




 歌う。






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