それでわかると思ったの?
放課後。
青葉野高校。
廊下。
佐々木先生が歩く。
隣町の文化交流会に向けての練習。
どんどん良くなっている。
楠木七菜。
二回目の指揮。
棒もかなり上達した。
上手い、そこそこ、下手。
このカテゴリーだと。
下手寄りのそこそこ。
もしくはそこそこ寄りの下手。
上手くなった。
耳の良さには本当に驚かされる。
頭の中に今の合奏の音と、何かを変えたときの音がある。
それをつなぐ言葉も覚えてきた。
今回。
自分が顧問を務める。
青葉野高校吹奏楽部が。
どんな音を作るのか。
そんなことを考えながら。
練習室のドアを。
開けた。
曲が終わる。
「トランペット」
「はい」
楽譜を指し。
「ここの部分」
「もう少し、向こうまで」
手を遠くに投げる仕草。
「大きく?」
「違います」
即答。
「大きくじゃなくて」
少し言葉を探して。
「今より、先まで残って欲しいです」
「わかった」
吹く。
楠木七菜、聴く。
「もう一度」
トランペットを吹く。
「近いです。今よりほんのちょっと先に」
吹く。
「あ、それです」
「うん」
また。
曲が最初から始まり。
進んで。
止める。
「チューバ」
立花奈緒。
「はい」
「そこも、もう少し響かせて欲しい」
「どれくらい?」
「……」
考えて。
「十歳が十一歳三か月になるくらい」
「刻んだね」
「前、十二歳でわからないって言われたから」
「それでわかると思ったの?」
後ろで見ていた佐々木先生。
思わず吹き出す。
休憩。
「榊原さん」
水を飲んでいた榊原美冬に。
佐々木先生が声をかける。
「はい」
「前回。楠木さんを推薦したのは榊原さんでした」
「そうですね」
「知っていたのですか?」
「なにを?」
「楠木さんが音を聴けるの」
少し考えて。
「知っていたというか」
「前に千紘と三人で一緒に歌ったんですよ」
「歌?」
「はい。そのときに私たちの声を聴いて」
そのときのことを思い出しながら。
「自分がどの位置に入るのか考えて」
思わず、笑み。
「歌ってたから。指揮もできるんじゃないかと思って」
「そうですか」
佐々木先生も、笑み。
「その通りでしたね」
「そうですか?」
「ええ、とても良いものを持っていると思います」
「七菜はよく練習もしますしね」
「ええ」
「本気でやってるから、身につくのも早い」
「本当に」
頷いて続ける。
「それにしても」
「はい」
「いつの間に榊原さんと楠木さんはそんなに仲良くなったんですか?」
「……まあ」
少し苦笑。
「いつの間にか」
練習再開。
通し練習予定。
楠木七菜。
前に立って指揮棒を上げる。
演奏開始。
前より振れる。
前より聴ける。
その分。
前より気になる。
曲が進む。
聴く。
木管。
クラリネット。
フルート。
オーボエ。
「……」
榊原美冬の音。
違う。
楠木七菜が演奏を止める。
「すいません」
楽譜を見る。
「オーボエ」
榊原美冬、顔を上げる。
一直線に楠木七菜を見る。
一瞬。
止まる。
榊原美冬。
歌を教えてくれた。
音を知っている。
上手い。
自分よりずっと上手い。
でも、今は自分が指揮。
「美冬先輩」
「なに?」
「今のところなんですけど」
少し考えて。
「もう少し柔らかく」
榊原美冬。
「どういう意味?」
「……柔らかくは柔らかくです」
「それじゃわからない」
「はい」
少し笑い。
メンバー、そろそろ慣れてきた。
楠木七菜、言葉を出すのにちょっと時間がかかる。
考える。
その後ろ。
佐々木先生。
驚いた顔。
これまで。
楠木七菜がしてきた。
色んな修正。
自分と同じやり方。
自分とは違うやり方。
見てきた。
でも。
榊原美冬のオーボエ。
変える。
考えてもいなかった。
でも、楠木七菜は演奏を止めた。
変えようとしている。
楠木七菜。やっと言葉を見つけた。
「ここ。美冬先輩の音が綺麗すぎるんです」
「……」
立花奈緒が楽譜に落としていた視線を上げる。
「あ、違う。綺麗なのはいいんです」
「どっちなの?」
小早川千紘は微笑んでいる。
「待ってください」
もう一回。
探す。
本当は。
頭を抱えたい。
でも、考える。
欲しい音。
そして。
言葉を見つける。
「ここ、美冬先輩が前に出るところじゃないんです」
榊原美冬は黙って聞く。
「いま、オーボエがすごく綺麗に聴こえて」
「そこに耳がいくんですけど」
「私は、その次のクラリネットにそのまま耳がいってほしいです」
「だからここは、もう少し周りの音に溶け込むような感じ」
榊原美冬が楽譜に目を落とす。
「つまり」
「私のオーボエは目立たなくていいってこと?」
「そうです」
即答。
一瞬、空気。
固まる。
「あ」
言い方が。
悪かった。
かもしれない。
「すいません」
「何で謝るの?」
「いや、目立たなくていいって」
榊原美冬は。
特に気にしてない風に。
「あなたがそうしたいなら」
「そう吹くわよ」
「……」
榊原美冬がオーボエを構えて。
吹く。
楠木七菜が聴いて。
オーボエ。
綺麗。
さすがは美冬先輩。
すごい。
でも。
前に出過ぎない。
良い塩梅。
「はい。それでお願いします」
「わかった」
そうして。
演奏再開。
佐々木先生は。
目を閉じて。
音を聴く。
榊原美冬の。
オーボエを変えた場所。
流れる。
聴く。
聴く。
聴く。
目を開いて。
笑った。
練習が終わり。
楠木七菜が椅子に座る。
疲れた。
立花奈緒が来る。
「お疲れ様」
「本当に疲れた」
「今日は、美冬先輩に目立たなくていいって言ったね」
楠木七菜。
顔を覆う。
「……言った」
「すごいこと言うね」
「やめて」
立花奈緒が笑う。
「でも、ちゃんと変わったね」
「うん」
「私は、変えた方が好きかも」
「本当?」
「本当」
少し。
いや。
かなりうれしい。
「あ」
「うん?」
「そういえば」
「そういえば?」
「奈緒のチューバなんだけど」
嫌な予感。
これは。
いわゆる。
藪蛇。
「本当に注文が多い!」
隣町で行われる。
文化交流会まで。
あと。三日。




