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私が聴いてみたいのです





 青葉野高校。


 吹奏楽部顧問。


 佐々木先生。


 苗字はあっても名前はまだない。


 もう一度依頼が来た。


 以前、楠木七菜が初めて指揮をした。


 青葉野地域文化交流会。


 隣町から似たような依頼。


 隣町にも。


 名前はまだない。


 全国大会の看板。


 なかなか立派なもの。


 今回も、うちの地域交流会で演奏してくれませんか。


 そういう依頼。


 ホールの規模も前回とほぼ同じ。


 演奏人数、二十人から二十五人。


 そんな説明を。


 音楽室に全員を集めてした。


「今回も希望者を中心に」


「編成を組みたいと思います」


 部員。


 ざわつく。


 楠木七菜、聞いて。


 今回は。


 ホルンを吹くつもり。


「それと」


 楠木七菜、顔を上げる。


 なんとなく。


 目が合ったような。


 ちょっと嫌な予感。


「指揮ですが」


「……」


 楠木七菜、横を見る。


 立花奈緒、横を見る。


 目が合って。


 よっつの目が前に向く。


「前回と同じように」


「生徒に任せてもいいかと思っています」


 ざわ……ざわ……。


 ちょっと大きくなる。


「楠木さん」


「はい」


「やってみますか?」


 なんと。


 今回は立候補も推薦も。


 聞く前に。


 指名。


「……」


 前回。


 初めて、指揮をした。


 榊原美冬に推薦されて、驚いた。


 向いていると言われて。


 うれしかった。


 だから、やってみた。


 難しかった。


 棒は上手く動かせないし。


 思った音は出ないし。


 言いたいことが言葉にならないし。


 でも。


 音が変わって。


 思った通りの音が出る。


 気持ちがいい。


 面白い。


 悪くはなかった。


 楠木七菜。


 抱えているホルンを見る。


 吹きたい。


「……」


 佐々木先生が黙って待っている。


「少し、考えてもいいですか?」


「もちろんです」


 指揮の話は、それで終わり。


 結局立候補も推薦も。


 聞かれなかった。





 休憩。


 楠木七菜、榊原美冬のところに。


 行って。


「美冬先輩」


「なに?」


「どう思います?」


「なにが?」


「指揮」


 榊原美冬が楠木七菜を見る。


「好きにすれば?」


 即答。


「ですよね」


 小早川千紘が笑う。


「わかってたんだ」


「はい」


「じゃあ聞かなくてもいいでしょ」


「そうなんですけど」


 少し困る。


「ホルンも吹きたいんです」


「じゃあ吹けば?」


「それも言うと思いました」


 小早川千紘が笑う。


 榊原美冬は眉を寄せる。


「なんなの?」


 楠木七菜が笑う。


「わかりません」


 榊原美冬の視線が。


 手元の楽譜に落ちる。


「どっちでもいいんじゃない」


「よくないです」


 榊原美冬、怪訝な表情。


「どっちもやりたいんです。どっちでもいいのとは」


「違います」


 榊原美冬が少し考えて。


「じゃあ」


 楠木七菜を見る。


「今やらなかったら、後悔する方にすれば?」


「……」


「まあ、どっちも今回この場所でやるのは、一回きりかもだけど」


 楽譜に目を落としながら。


「今を逃したら次がないかもしれない」


「……」


「そう思った方を選んだら?」


 間。


「ありがとうございます」


「別に」


 楠木七菜、戻る。


 小早川千紘が。


 榊原美冬に笑いかける。


「いいこと言うね」


「一般論でしょ、いまのは」






 放課後。


 楠木七菜。


 ホルンを吹く。


 音。


 前よりいい。


 自分でも。


 少し、わかる。


 やっぱり。


 吹きたい。


 佐々木先生。


 通る。


 目の前で止まる。


「楠木さん」


「はい」


「先ほどのことですが」


 楠木七菜。


 ホルンを置く。


「はい」


 佐々木先生。


 珍しく。


 言いづらそう。


「私は、もう一度。楠木さんに指揮してみてほしいと思っています」


「……どうしてですか?」


「前回、最初に指揮をしたときから」


「本番まで」


「かなり変わりました」


 楠木七菜、黙って聞く。


「技術的には、まだまだです」


「はい」


 佐々木先生が少し笑う。


「ですが、どういう音にしたいか」


「それを考える力が、最初からありました」


「……」


「今なら前回とは、また違うものが聴こえると思います」


 佐々木先生。


 少し、間。


「奏者としても、無駄になることはありません」


「来年度、あなたたちが中心になって」


「青葉野高校の吹奏楽を作っていくときにも」


「役に立つでしょう」


 楠木七菜が呟く。


「来年」


「はい」


 考える。


 佐々木先生。


 苦笑いをして。


「いま言ったことも」


「嘘ではないのですが」


「本当のところは」


「私が聴いてみたいのです」


 楠木七菜。


 首を傾げる。


「なにをですか?」


「楠木さんが作る合奏を、です」


 ホルンを見つめる。


「楠木さんがホルンを吹きたいのであれば」


「もちろんそれで構いません」


「その場合は、今回は私が指揮しましょう」


 それだけを言って。


 佐々木先生は他の楽器の指導に。


 行った。






 翌日。


 佐々木先生が職員室にいると。


 楠木七菜が、やってきた。


「先生」


「はい」


「指揮」


 少し。


 息を吐いて、吸って。


「やります」


 佐々木先生が少し笑って。


「ありがとうございます」






 参加希望者。


 募集。


 要項。


 日付、場所。


 参加申し込み。


 名前と楽器、記入。


 立花奈緒、チューバ。参加。


 小早川千紘、クラリネット。参加。


 楠木七菜、コンダクター。参加。


 「指」の文字が二重線で消されている。


 多分。


 「揮」の字をど忘れ。


 その紙を。


 榊原美冬が見ている。


 考える。


 小早川千紘が横にいる。


「出るの?」


「まだ決めてない」


「歌の練習は?」


「するわよ。もちろん」


「こっち出たら減るよ」


「わかってる」


 用紙。


 見る。


 楠木七菜、コンダクター。参加。


 少し考えて。


 ボールペン。


 榊原美冬、オーボエ。参加。


 結構悪筆。


 横で見ている小早川千紘。


 ちょっと意外。


 榊原美冬。


 悪筆を気にして、名前書きたがらない。


 こういうとき、わりと代筆を頼まれる。


 少し、笑って。


「出るんだ」


 榊原美冬。


 すました顔で。


「そうみたいね」






 楠木七菜は。


 まだ。


 知らない。





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