世界は広いよ
音楽イベント。
また、ある。
問題ない。
都合が良い。
今回は。
家電量販店。
スーパーマーケット。
ドラッグストア。
飲食店。
複合施設の。
駐車場特設ステージ。
少し、昭和っぽい。
歌謡曲と演歌中心。
ゲスト。
女性。
ローカル歌手。
地元で。
カラオケ喫茶のママ。
やってる。
何枚かCDを出している。
けど。
歌だけでは。
食べていけない。
でも。
プロの歌手。
何年も歌ってきた。
作詞家の新田先生。
知り合いの作曲家先生。
昔から知っている。
新田先生が作詞した歌も。
持ってる。
イベント当日。
控室。
打ち合わせ。
ママ。
パンフレットを見る。
「私は二曲ね」
スタッフ。
「はい、お願いします」
「一曲目がこちらで」
「はいはい」
新田先生。
隣に座って。
パンフレットを見る。
飛び入り参加コーナー。
「……」
嫌な予感。
する。
ママを見る。
「ねえ」
「はい?」
「この飛び入り」
「はい」
「やめない?」
「は?」
スタッフも先生を見る。
「いや、ちょっとね」
ママの眉。
上がる。
「どうしてですか?」
新田先生、考える。
どう説明。
すれば。
「たとえば」
「はい」
「たとえばだよ?」
「はい」
「めちゃくちゃ歌が上手い人が飛び入りしてきたら」
間。
「その直後にゲストで歌うの」
「しんどいじゃない?」
「…………」
ママ。
少し。
カチン。
「先生」
「はい」
「私ね」
笑顔。
でも。
少し怖い。
「若い頃には」
「はい」
「この辺じゃ歌姫って呼ばれてたんですよ」
「知ってる」
「でしょう?」
「知ってるんだけどね」
「素人の飛び入りに」
少し、胸を張る。
「負けませんよ」
新田先生。なおも抵抗。
「いや、負けるとかそういう」
「やりましょう」
スタッフは。
一度新田先生に視線をやって。
「では、予定通りで」
「……」
控室に。
作曲家先生が。
来る。
新田先生が。
なんか。
元気ない。
「どうしたの?」
新田先生。
小声で。
「飛び入りあるって」
「へえ」
「へえ、じゃないよ」
「なに?」
「青葉野高校」
作曲家先生も動き止まる。
「……」
「客席、いた?」
「今日はまだ見てないけど……」
「まだ」
「そう、まだ」
「……」
「……」
イベントが始まる。
じゃんけんゲーム。
餅まき。
歌。
そして。
飛び入り。
「それでは、飛び入り参加のコーナーです!」
「皆さん、どんどん参加して」
「自慢の歌声を披露してください!」
何人か。
地元のおじさん。
おばさんが歌う。
上手い。
拍手。
次。
若い女性。
なかなか上手い。
拍手。
ママ、ステージ横待機テント。
新田先生に話しかける。
「ほら」
「なに?」
「普通じゃないですか」
「みんな上手いよ?」
「でも」
ママ。
少し笑う。
「私の方が上」
「まあ、それはそうだけど」
ママ、満足。
どやっ。
「それでは次の方です!」
名前。
楠木七菜。
「あ」
「なに?」
「ああ……」
「あら。高校生?」
「そう」
「知ってる子?」
新田先生。
力なく笑う。
「まあね」
ママ。
怪訝な表情。
「なんです?」
「いや」
少し遠い目。
「世界は広いよ」
「なんですかそれは」
楠木七菜、歌う。
ママ、表情が少し固まる。
新田先生、腕を組む。
一節。
ママ。
目を少し見開く。
二節目。
ママ、真顔。
楠木七菜、歌う。
しっかり歌って。
曲が終わる。
拍手。
ここまでで一番大きい。
「……」
ママ、何も言わず。
新田先生を見る。
「……高校生?」
頷く。
「素人?」
少し考えて。
「まあ、歌手ではないよ」
ママ、沈黙。
「だから言ったでしょう」
「……」
ママ。
少しカチン。
まだ踏みとどまる。
根性。
長年の経験。
伊達ではない。
「ええ、確かに」
顔を上げる。
「上手いですね、かなり」
「うん」
「でも」
自分の方は。
プロ。
積んだ年数。
ステージ経験。
違う。
「負けませんよ」
司会の声。
「続いて————」
名前が呼ばれる。
榊原美冬。
「ああ……やっぱり」
「やっぱり?」
新田先生。
目を閉じる。
「また高校生?」
「そう」
「この子も知ってる?」
「知ってる」
ママ。
少し警戒。
ステージ中央に。
榊原美冬。
「綺麗な子ね」
「そうだね」
「歌は?」
新田先生。
今日の笑いは力がない。
「結構、上手い」
榊原美冬が歌う。
「……」
十秒。
「…………」
二十秒。
ママの口が。
少し開く。
新田先生。
隣。
見ない。
でも、多分。
背後に宇宙が広がっている。
猫。
そういう表情。
腕を組む。
ママ。呆然と聴く。
曲終わる。
拍手。
ママ、動かない。
新田先生。
そっと。
肩を、ぽんと。
ママ。
ゆっくりと見る。
新田先生、少し苦笑い。
「世界は広いね」
「…………」
沈黙。
再起動。
「先生」
「うん?」
「知ってました?」
「なにを?」
「この子」
少し考えて。
「まあ」
「知ってたんですね」
「歌手志望だよ」
「先に言ってくださいよ!」
笑う。
司会。
「続きましては————」
飛び入りコーナー、続く。
そこに。
スタッフが、小走り。
「すみません」
「はい?」
「実は、ゲストの歌の後の予定だった」
「漫才なんですが」
「漫才の方がどうしても早くはけないと」
「いけなくなりまして」
「飛び入りの後に漫才」
「その後にゲストの歌唱」
「変更になります」
「ご迷惑をおかけします」
「あ……はい」
間。
無言。
安堵のため息。
「助かった」
言ったのは、ママだった。
新田先生、大笑い。
「笑わないでください!」
漫才。
観客。
爆笑。
会場の空気が変わって。
ゲスト歌唱。
ママが出る。
歌う。
上手い。
ちゃんと、プロ。
拍手。
二曲しっかり。
歌って。
出番、終了。
控室に戻って。
「どうでした?」
「よかったよ」
「本当に?」
「本当に」
少し、間。
「歌姫だった?」
新田先生が笑って。
「今だって、歌姫だよ」
ママ。
少し得意げな笑み。
そうでしょうとも。
撤収。
歩きながら。
ママ。
「でも」
「うん?」
楠木七菜。
榊原美冬。
「世界」
笑う。
「広いですね」
「言ったでしょう」
「はい」
「先生」
「うん」
「次から、飛び入りの出演者。先に教えてください」
ちょっと考えて。
「それは」
笑う。
「飛び入りとは言わない」
楠木七菜たち。
これまで。
随分。
色んなイベントに出てきた。
ユーチューブにも。
動画ある。
しかし。
新しいイベント。
基本的に。
誰も。
青葉野高校吹奏楽部の。
歌うま女子高生を。
知らない。
毎回。
新鮮な驚き。
問題ない。
なぜなら。
その方が、都合が良いから。




