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違いの分かる高校生






 朝。


 音楽イベント。


 準備。


 まだ客どころか。


 人もまばら。


 ステージ設営。


 大きいスピーカー。


 左右に設置。


 男が、しゃがむ。


「もう少し」


 設営スタッフ。


「どっちです?」


「内側」


 動かす。


「そこ」


 止める。


 男が立って。


 客席に。


 中央。


 音を出してもらう。


 首を傾げる。


「そっちのスピーカー」


「はい」


「右に」


「動かすんですか?」


「違う。角度。ほんの少し外に」


 動かす。


「これくらい?」


「行きすぎ」


 戻す。


「そこ」


 スタッフ。


 いま動かしたスピーカーを見る。


 さっきと。


 ほとんど同じ。


「これ、違うんですか?」


「違うよ」


 即答。


「へえ……」


 音を出して、確認。


 これ。


 男。


 スピーカーメーカーの社員。


 オーディオオタク。


 音、好き。


 仕事も好き。


 カラオケボックスに行って。


 音調整したり。


 こういったイベントの音を作ったり。


 する。


 外は特に難しい。


 難しい分、面白い。


「おはよう」


 振り返る。


 作詞家の先生。


「あ、おはようございます」


「またやってるみたいだね」


「また?」


 新田先生、スピーカーを見る。


「何センチ動かしたの?」


「センチじゃないですよ」


「え、もっと細かいの?」


「いま調整したのは角度です」


 先生、笑う。


「僕にはそこまではわからないなあ」


「わかりますよ」


「そう?」


「ちゃんと聴けば」


「そういうもの?」


「そういうものです」


 新田先生。


 業界の先輩。


 でも。


 音作りに関しては。


 自分の方が。


 こだわる。


「今日は良いですよ」


「音?」


「はい」


 自慢。


 どや。


「かなりいい音で聴かせられます」


「へえ」


「歌う人が多少粗くても、かなり綺麗に聞こえますよ」


「それはすごい」


 男が笑う。


「機材屋の仕事ですから」


 先生が少し考えて。


「じゃあ」


「はい?」


「元から綺麗だったら?」


「もっと綺麗に聞こえます」


「なるほど」


 それだけの会話。





 昼。


 イベント始まる。


 歌。


 楽器。


 バンド。


 男、ステージ後ろ。


 客席。


 右、左。


 移動しながら聴く。


 良い。


 満足。


 会心の出来といってよい。


 むふー。


 新田先生は客席に座っている。


 知り合いっぽい、何人かと話したりもしている。


 この先生。


 昭和から音楽で飯食ってる。


 顔も広い。


「続いては飛び入り参加のコーナーです!」


 男。


 まだ気づかない。


「トップバッターは青葉野高校二年生——」


 先生の顔が上がる。


 笑う。


 男、ちょっと疑問。


 先生に話しかける。


「知り合いですか?」


「たぶん」


 名前。


 楠木七菜。


「ああ、やっぱり」


「知り合いなんですね」


「うん」


 先生が腕を組む。


「彼女は上手いよ」


「へえ」


 楠木七菜がステージに立ち。


 歌う。


「……」


 少し、前を向く。


 音を聴く。


 声、スピーカー。


 男の目が細くなる。


「上手いですね」


「でしょう」


「マイクの使い方もいい」


「そうなの?」


「距離が安定してる」


「へえ」


「声量もあるから、無理に調整しなくてもいいし」


 聴く。


「音も取りやすい」


「なるほどねえ」


「こういう人に歌ってもらえると」


 スピーカーを見る。


「機材も喜びますよ」


「そういうもの?」


「そういうものです」


 曲、終わる。


 拍手。


 男も、拍手。


「いや、良かった」


「うん」


 司会。


 次。


「続きまして、同じく青葉野高校の——」


「また?」


 先生。


 腕を組んだまま。


 名前。


 小早川千紘。


「……」


「この子も知ってます?」


「知ってる」


「上手い?」


 先生が少し笑う。


「うん、結構上手いよ」



「結構?」


「結構」


 小早川千紘が歌う。


「……」


 男の顔色が変わる。


 聴く。


 楠木七菜より。


 さらに。


 声、響き。


「……」


 新田先生。男を見る。


 顔が完全に。


 仕事の顔。


 でも、何もしてない。


 ただ、聴いている。


 男、思う。


 すごい。


 柔らかい歌声。


 綺麗。


 もやがかかる部分もある。


 けどそれが、美しさの一部。


 例えるなら。


 極北のオーロラみたいな歌声。


 本当にすごい。


 こんな歌声。


 滅多に。


 お目にかかれない。


 曲、終わる。


 会場から大きな拍手。


 男は拍手が遅れる。


「どう?」


 男、すぐに答えられない。


「この子」


「うん」


「本当に高校生?」


「高校生だよ」


「声楽やってるんですか?」


「やってたみたい」


「やってた?」


「いまは吹奏楽部でクラリネット」


「…………何で?」


 新田先生が笑う。


「いや、でも」


 少し。


 いや、かなり嬉しい。


 スピーカーを見る。


「今日、ちゃんと詰めてよかったな」


「そんなに?」


「こういう声で確認できる機会、なかなかないですよ」


「へえ」


「良かった。本当にいい」


「そう。それは良かった」


 次。


 司会。


 学校、名前。


 青葉野高校三年生。


 榊原美冬。


 先生が腕を組む。


 男が見る。


「この子も?」


「うん」


「青葉野高校?」


「うん。吹奏楽部。オーボエ担当」


「何なんですか、その学校」


「僕に聞かれてもねえ」


 ステージに榊原美冬が立ち。


 曲が始まる。


 歌う。


「……」


 男。


 口が開く。


 スピーカーを見る。


 榊原美冬を見る。


 もう一度スピーカーを見る。


 どういうことなの。


 席を立つ。


 移動。


 客席右側。


 客席左側。


 客席中央後ろ。


「……」


 すごい。


 三人の中で、多分、一番上手い。


 歌声の輪郭がはっきりしている。


 そこが小早川千紘との一番の違い。


 透明なクリスタルガラスみたいな質感。


 でも、キラキラ。


 輝いている。


 さっき。


 小早川千紘の歌。


 オーロラみたいだと。


 思ったけど。


 無色透明なクリスタルガラスが。


 キラキラ。


「…………」


 比喩が思いつかない。


 とにかくすごい。


 男。


 腕を組んだままの新田先生の隣に。


 戻って座る。


 歌が続く。


「どうしたの?」


 男、返事、ない。


 先生、待つ。


 そのまま、曲、終わる。


 拍手。


 男、拍手、してない。


「拍手」


 新田先生に言われて。


 やっと気づいたように。


 大きな拍手。


 少しして止まる。


「どう?」


「……」


 スピーカーを見る。


「俺」


「うん」


「今日、朝から」


「うん」


「何やってたんですかね」


「スピーカーの調整」


「そうなんですけど」


 先生が笑う。


 男は頭を抱える。


「いや、違うんですよ」


「なにが?」


「良いんです」


「音が?」


「めちゃくちゃ良いんです」


「じゃあいいじゃない」


「そうじゃなくて」


 男、ステージを見る。


 榊原美冬はもういない。


「頑張って綺麗に聴かせようとしてたのが」


 スピーカー。


 見る。


「なんか、馬鹿らしくなるくらい」


「……」


「最初から綺麗なんですよ」


 先生が少し笑って肩を叩く。


「それでも、良い方がいいんでしょう?」


「……」


 少し、考えて。


「当たり前です」


「じゃあ、朝から頑張った甲斐があったじゃない」


「いい歌なだけじゃなくて」


「綺麗な音だったよ」


「……」


 もう一度。


 自分が調整した。


 スピーカーを見る。


「そうですね」


「いい音だった?」


「はい、すごく」


「良かったね」


「はい」


 間。


「ところで」


「なに?」


「何であれがオーボエ吹いてるんです?」


 先生が笑う。


「知らないよ」





「新田先生」


 振り返る。


 女子高生、四人。


 三人は。


 さっきまで歌ってた子。


 挨拶。


 今日の歌も良かったよ。


 ありがとうございます。


 そんなやり取り。


 そして。


「こちら、スピーカーメーカーの社員さんで、今日の音を作った人」


 紹介。


「よろしくお願いします。三人とも、素敵な歌声でした」


 お世辞抜き。


 榊原美冬が、スピーカーを見て。


「今日、音良かったですよ」


「……」


「歌いやすかったです」


 小早川千紘を見て、楠木七菜を見て。


 榊原美冬に戻る。


「わかりました?」


 挑発的な意味はなかったけど。


 榊原美冬。ちょっと眉寄せる。


「わかりますよ」


「どこが良かったですか?」


 少し、前に出る。


 立花奈緒。


 小声。


「七菜と一緒だ」


「どこが」


 榊原美冬が少し考えて。


「声が広がりすぎなかった」


「……」


「でも、狭くもなかったです」


 男、目を大きく開く。


「自分の声が返ってきたとき、聴きやすかった」


「……」


「だから、歌いやすかったです」


 男。


 思わず。


 新田先生の両肩をつかみ。


 揺さぶった。


「先生!」


「なに?」


「わかってくれました!!」


「よかったね」


「いや! これ、すごいですよ!!」


「そう?」


「そうですよ!」


 女子高生たちが笑う。


「そんなに嬉しいんですか?」


 言ったのは楠木七菜。


「嬉しいよ!」


 即答。


 聞かれたので男も聞き返す。


「楠木さんは?」


「私?」


「そう、音どうだった?」


 楠木七菜、少し考えて。


「声が近くに聞こえました」


「……」


「でも、うるさくなかった」


 小早川千紘も笑いながら頷く。


「今日は楽だったよね」


「楽?」


「歌ってて、頑張って聴こうとしなくても、自分の声がわかったので」


 男。


 感動。


 三人、分かってる。


 違いの分かる高校生。


 感無量。


「先生」


「なに?」


「この三人、わかってる人です」


「そうだね」


「先生は?」


「僕?」


「今日の音、良かったでしょう?」


 先生、少し考える。


「……良かったよ」


「どこが?」


「全体的に」


「先生はもういいです」


 笑い声。


「ひどいなあ」


 立花奈緒が一番笑っている。





 女子高生たちは帰り。


 新田先生も帰った。


 撤収作業。


 男。


 スピーカーを見る。


 朝から。


 位置、角度。


 何度も変えた。


 意味はあった。


 思わず。


 口元に笑み。


「次」


 小さく。




「もっと良くするか」





 決意表明。




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