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下手でも、気にしなくていいよ






 休日。


 駅。


 大きな商業施設。


 吹き抜け。


 ストリートピアノに。


 男が座る。


 もう一人。


 少し離れる。


 カメラを構える。


 二人。


 ユーチューバー。


 各地のストリートピアノ。


 弾く。


 動画を撮る。


 そういう二人。


 ピアノに。


 男が、手を置く。


 弾く。


 音が広がって。


 人が集まりだす。


 少し止めて。


 また弾く。


 集まる。


 撮影する。


 男。


 満足。


 いつも通り。


 俺のピアノ。


 人の足を止める力。


 ある。


 曲、終わる。


 拍手。


 ピアノの男。


 笑いながら、頭を下げる。




 そして。




 客を見る。


 いつもの流れ。


「せっかくなので」


「だれか」


「一緒に一曲」


「歌いませんか?」


 客、笑う。


 目を逸らす。


 いつも、だいたいこんな感じ。


 仕方ない。


 なかなか、出ない。


 でも。


 立ち寄った町の人と。


 偶然のセッション。


 人気ある。


 楽しくもある。


 客に視線を走らせる。


 少し離れた。


 高校生っぽい。


 四人組。


 買い物袋持ってる子もいる。


 高校生。


 ノリが良い子が。


 たまにいる。


「そこの」


 榊原美冬。


「お姉さん」


「私?」


「そうそう」


 笑う。


 さわやかに見えるように。


「一曲どう?」


 四人。


 少し驚く。


 男が続ける。


「大丈夫」


「動画には」


「顔は出さないから」


「下手でも、気にしなくていいよ」


 楠木七菜。顔を伏せる。


 立花奈緒。口元を押さえて肩を震わせる。


 小早川千紘。微笑んでる。


 榊原美冬が少し考えて。


 笑って言う。


「私」


 少しの間。


「歌は、結構上手いですよ」


 楠木七菜、後ろを向くレベル。


 ピアノの男。


 まだ余裕。


「お、自信あるねえ」


「ありますね」


 男、少し面白くなってくる。


 こういう反応は。


 珍しい。


 だいたい。


 本当にあんまり上手じゃないですよ。


 的な。


 予防線、張る。


「じゃあ、ぜひ」


「顔を出さないなら、大丈夫です」


 悪くない動画でも。


 ネットに顔出しは。


 リスクある。


 ネットリテラシー、大事。


 男も頷く。


「大丈夫、ピアノの手元と、後ろ姿くらいだから」


 撮影の男も、観客に言う。


「観客の方にもモザイクかけますので、ぜひそのまま観ていってください」


 なるほど、それなら安心だ。


 その場を離れる人。


 少ない。


 榊原美冬、前に出る。


 楠木七菜が腕を組んだ。


 立花奈緒がそれを見る。


「なに?」


「いや、別に」


 完全に。


 後方腕組み。


 曲を決める。


「これならわかる?」


「はい」


「テンポは原曲のままでいくけど」


「大丈夫です」


「了解」


 カメラを構える。


 撮影係。


 ピアノが始まる。


 榊原美冬、待つ。


 歌う。


 声がピアノの音に乗る。


 なにこれ。


 男。


 指、動く。


 止めるわけにはいかない。


 セッション。


 台無し。


 でも頭の中は。


 フリーズ寸前。


 本当になにこれ。


 榊原美冬が歌う。


 ピアノ、合わせる。


 男。


 必死。


 いつも、歌う人。


 素人。


 上手い人も、下手な人も、いる。


 それに合わせるの。


 慣れてる。


 でもこれ。


 合わせるというか。


 こっちがついていくので。


「……」


 止められない。


 演奏を続ける。



 一方。


 撮影係。


 カメラ構えたまま。


 榊原美冬が歌う。


 なにこれ。


 見る。


 カメラ。


 動かない。


 構図、そのまま。


 本来、ピアノの手元。


 歌い手の後ろ姿。


 観客。


 少し振りながら。


 撮影する。


 いま。


 何もしない。


 ただ。


 聴いている。




 楠木七菜。


 腕組み。


 少し得意げ。


 どやっ。


 立花奈緒、隣で。


「なんで七菜が得意げなのよ」


「いいでしょ」


 小早川千紘。小声。


「撮影の人、全然カメラ動かしてないね」


「聴いちゃってますね」


「それはそう」


 気分は。


 後方腕組み三人。




 そうして、曲が終わる。


 一瞬静か。


 そして拍手。


 大きい。


 榊原美冬が頭を下げる。


 ピアノの男。


「……」


 絶句。


 手を鍵盤に置いたまま。


 撮影の男。


 カメラ構えたまま。


 榊原美冬を見る。


「あの?」


「あ」


 再起動のきっかけ。


「いや、すご……」


 止まる。


「すごいね」


「ありがとうございます」


 撮影の男に、確認。


「顔、出てませんよね?」


「あ」


 カメラを見る。


 一応確認。


「うん、大丈夫」


 でも。


「そもそも、ほとんど、撮ってない」


「おい」


 これにはさすがにピアノの男から抗議の声。


「いや! 録画はしてる!」


「カメラを動かしてないだけ!」


「仕事しろよ!」


 笑い声。


「では、顔が出ていないなら大丈夫です」


 榊原美冬はさっさと。


 待っている三人のところに戻る。


「美冬先輩」


 楠木七菜が笑う。


「なに?」


「結構上手かったですね」


「でしょう?」


 小早川千紘と、立花奈緒が吹き出す。


「七菜が悪い顔してる」


 と、立花奈緒。


「気のせい」


 四人はそのまま。


 買い物に戻った。









 数日後。


 動画公開。


 タイトル。


 ストリートピアノ。高校生とセッション。


 いつも通り、投稿。


 一日。


 再生数が伸びる。


 二日。


 もっと伸びる。


 いつもの五倍くらい。


 快挙。


 登録者も増える。


 ピアノの男。


 ノートパソコンを見る。


「……」


 撮影の男。


「伸びてるね」


「うん、めっちゃ伸びてる」


「登録者も」


「結構増えた」


「よかったじゃん」


「うん。よかった」


 少し。間。


「よかったんだけど」


 コメント。


 見る。


 コメント欄も盛況。


 初見コメントも多い。


『え、何この子』


『歌上手すぎ』


『プロ?』


『高校生ってマジ?』


『歌で鳥肌たった』


『もっと聴きたい』


『この人誰? 本当に歌手じゃないの?』


『ピアノ途中から必死で草』


 ピアノの男。


 無言でコメントを読む。


 さらに、見る。


『伴奏ちゃんとついていってるのもすごいぞ』


「おお」


 少しうれしい。


 次。


『声綺麗すぎ』


 次。


『この歌唱力でストリートセッションは反則』


 ピアノの男。


 天を仰ぐ。


「どうした?」


「いや」


 天井を見つめたまま。


「俺のピアノに」


「触れてるコメント」


 間。


「ほとんどないなって」


「……」


 撮影の男が肩を叩く。


「再生数、めっちゃ伸びてるぞ」


「そうなんだよ」


「登録者も増えたぞ」


「そうなんだよ」


「じゃあいいじゃん」


 少し、考えて。


「まあ、いいか」


 二人で笑う。


 撮影の男。


「次も歌ってもらえば?」


「無理だろ、名前も連絡先も知らない」


「だよな」


 少し。


 考えて。


「あれ、本当に、何だったんだろうな」


「高校生だとは言ってた」


「そうなんだけど、そうじゃなくて」


 二人考えて。








 考えるのを。





 止めた。



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