いまと比べたら、でしょ
放課後。
吹奏楽部。
練習。
ホルンを吹く、楠木七菜。
地域文化交流会。
指揮をした。
日常、戻った。
練習して、本番あって、今。
この世界。
一年の日数、可変。
まだ。
楠木七菜高校二年生の二学期。
冬。
問題ない。
その方が、都合が良いから。
吹奏楽の練習、終わり。
歌の練習。
スマホを取り出して。
セット。
「ああ……」
「どうしたの?」
再生ボタンを押そうとした。
楠木七菜。
曇る。
「容量がもうないんだった」
「ああ、前から厳しいって言ってたね」
「そう」
スマホの容量。
有限。
毎日、歌の動画撮影。
容量厳しい。
容量の大きな、新しいスマートフォン。
親に却下された。
「仕方ない。昔の動画消そうかな」
「だね」
スマホ操作。
動画、大量。
スクロール。
スクロール。
スクロール。
歌チェック動画。
一番古いもの。
まだ。
榊原美冬に歌を習い始める前の。
動画。
消す。
消そうと思って。
なんとなく。
再生。
歌、流れる。
スマホの中で。
歌っている楠木七菜。
「……え?」
声、出る。
立花奈緒。不思議そうな顔。
「どしたの?」
スマホ画面をのぞき込む。
「ああ」
歌っている楠木七菜。
「最初の頃だね、これ」
楠木七菜。
ぎぎぎと音が出そうな動き。
立花奈緒を見る。
「めっちゃ下手」
間。
「……いや」
お前は何を言っているんだ。
「下手ではないでしょ」
「下手だよ」
「この動画の七菜が下手なら、私はド下手になっちゃうよ」
「うん」
「うんじゃないが」
呆れ顔の立花奈緒。
「このときから普通に上手いよ」
「でも下手」
こうなった楠木七菜。
本当に面倒くさい。
「いまと比べたら、でしょ」
楠木七菜。
止まる。
「……」
もう一回、再生。
聴く。
「息」
「うん」
「浅い」
「いまよりはね」
「力、入りすぎてる」
「いまよりは」
「高いところ、当てにいってる」
「いまはそうでもないよね」
「言葉も」
楠木七菜、聴く。
「……全然違う」
楠木七菜。
呆然。
そして。
いきなりスマホを掴んで。
走り出す。
教室を出る。
廊下。
猛ダッシュ。
廊下は走ってはいけません。
そんなことを。
気にしている場合では。
ない。
目的の教室。
見える。
いつもなら。
ドアの前で待って。
歌が途切れるのを待って。
入る。
今日は。
そんなことを。
気にしている。
場合ではない。
ダッシュでドアにぶつかりそうなくらいの。
勢いで。
開ける。
中にいた。
榊原美冬と。
小早川千紘。
驚いている。
後輩が。
ものすごい勢いで。
息を切らせて。
部屋に。
文字通り。
飛び込んで来た。
何事か。
息を整え。
息を飲み込み。
手に持ったスマホを。
目の前にかざした。
「先輩!!」
大事件。
これは大事件。
「私!! めっちゃ上手くなってます!!」
叫ぶ。
言われた二人。
お前は何を言っているんだ。
さすがに。
すぐには頭が回らない。
でも。
榊原美冬。
微笑む。
そして。
言った。
「だから。ずっとそう言ってたでしょう」
前を向いて。
歩き続けた。
一歩ずつ。すこしずつ。
目標との距離。
縮まらない。
それなのに。
後ろを振り向くと。
ずいぶん。
遠くまで。
来ていた。
この世界。
一日の時間、可変。
一年の日数、可変。
音楽イベント、生えて来る。
なぜなら。
都合が良いから。
でも。
スマートフォンの容量。
都合良く。
増えない。
なぜなら。
その方が。
面白いから。




