哀れな中年と「決意のほころび」
「今日こそ絶対にこぼさない…!」
タカシさんは朝から鏡の前で、自分自身にそう誓いました。新品のシャツに袖を通し、コーヒーを慎重に注ぎます。
いつものようにお気楽にテレビを見ながら飲むのではなく、両手でしっかりカップを持ち、視線はコーヒーから一切離しません。どれほど細心の注意を払ったか、もはや一種の瞑想状態です。
完璧にコーヒータイムを乗り越えたタカシさんは
「これはいける!」
と自信満々で出勤し、ランチタイムも油ものやスープ系を徹底的に回避。サンドイッチと水だけで乗り切りました。しかし、仕事終わり、ふらっと立ち寄った友人との居酒屋で運命は待ち構えていました。
友人と語り合いながら手にしたのは、小ぶりなお猪口に入った日本酒。
「これぐらいなら大丈夫だろう」
と軽く油断した瞬間、お猪口の縁からほんの数滴が、彼のシャツへと滑り落ちます。「またかよ!」
とタカシさんは心の中で叫び、友人の前では笑顔を作りつつも内心はぐったりです。
帰宅後、シャツを見てため息をつきながら、
「洗うべきか…」
と再び葛藤。しかし、自分で洗った過去の失敗を思い出し、結局クリーニング店に持ち込むことにしました。店に入ると、いつもの淡々とした店主が
「今回は?」
と短く問いかけます。
「日本酒です…ほんの少しだけ」
とタカシさんは控えめに答えます。店主は
「預かります」
と変わらぬトーンで応じました。
数日後、シャツを受け取りに行ったタカシさんは、袋を開けながら
「どうかな…」
と自問。結果は、やはり微かに残ったシミの跡。しかし、日本酒の淡い色味のせいか
「これぐらいならほとんど分からない」
と自分を納得させるのでした。




