第74話
「セラ様?」
黙り込んだ私を、オスコが胡乱げな瞳で見つめてくる。
「失礼いたしましたわ。私がいつ、ユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を殺していないと気付いたのか、でしたわね」
「そうです。長年一緒に使用人に私たちですら気づかなかったのに、セラ様はいつユーリックブレヒト様の無実を確信なさったのですか?」
「そうですわね。あの人が、アシュの父親だと、そう認められた時でしょうか」
「はぁ?」
意味がわからない、という表情を浮かべるトデンダーとオスコだが、そう言うしかないのだから、仕方がない。
確かに最初、私はオスコから、ユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を殺したと聞いた時は、かなり動揺してしまった。
だからこそ彼を信じることが出来ず、すぐに頼ることが出来なかったのだ。
そのせいで、私は彼を傷つけてしまった。
こちらを家族だと考えていた、彼の心を。
……だからこそ、逆にユーリックブレヒトの事を信じることが出来ましたの。
確かに口下手だし、言葉も足らなすぎてその真意に辿り着くのが難解なときも多い。
でもユーリックブレヒトは、今まで嘘だけは言わなかった。
だからアシュが誘拐され、窮地に陥った私を救ってくれた後の、あの会話を信じることが出来たのだ。
『聞いたんだな? 俺がジメンドレを殺した、と。確かに俺も、殺人犯をあの子に近づけたくない気持ちはわかる』
『……でも、殺してはいないんですわよね? アシュを誘拐したあいつらに対しても、冷静に対応しておりましたし』
あの時私の言葉に、ユーリックブレヒトはジメンドレ前公爵夫人を自分が殺したとは言わなかった(・・・・・・)のだ。
嘘は言わないが、言葉が足りなすぎる、そんな彼の言葉を信じるには、それだけで十分過ぎる。
そう思っている私をよそに、傍聴席は荒れに荒れていた。
なにせ、ユーリックブレヒトを有罪とする、その根底となる部分が崩れたのだ。
あれほどまでに彼の罪を攻め立てていた貴族たちが、次々に手のひらを返し始める。
「いやはや、ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を殺していなかったとは」
「ですが、これでラルヴァ男爵の目論見は外れそうですな」
「全くもって、その通りですな。アシュバルム様を独占するため、ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を殺害したという筋書きだったのですから」
「然り然り。ジメンドレ前公爵夫人を殺していないのであれば、ユーリックブレヒト公爵は後夫としての責務を果たすため、義理の息子となるアシュバルム様を引き取って育てられていたに過ぎません」
「私は最初から、公爵の無実を信じておりましたよ」
……全く、本当に調子がいいんですこと。
機を見るに敏と言えば聞こえはいいけれど、彼らはただ節操なく勝ち馬に乗ろうとしているだけだろう。
しかし、そうであるが故に、この場の流れが明確に変わってきたことを実感することが出来る。
……このままいけば、無事無罪を勝ち取ることができそうですわね。
しかし、これだけの策を講じてアシュを手に入れようとしていたラルヴァ男爵は、そう簡単には引き下がってはくれないようだ。
「なるほど。ユーリックブレヒト公爵は、ジメンドレ前公爵夫人を殺害していない。そうした可能性があることは、吾輩も認めましょう」
「この期に及んで、まだ可能性などと……」
「ですが、別の国から嫁がれてこられたセラ公爵夫人はお忘れですかな? 吾輩たちが住むのは、クロッペンフーデ大王国。何よりも血を重んじる、貴族社会であり、血筋が絶対的にものをいうということを!」
呆れる私に向かって、ラルヴァ男爵はなおも言葉を重ねる。
「で、あればこそ! ユーリックブレヒト公爵がアシュバルム様を簒奪していないのだとしても、彼は直属の血のつながり上がる実父と暮らすのが正しく、それが正義というもの!」
「私、先に申し上げていたはずですけれど? この裁判はユーリックブレヒトの責を問うものであり、身寄りがなくなった子供の処遇を決める場所ではない、と」
「黙れ! 理由があるならいざ知らず、まだ年端もいかぬ子供を実の親と別々で生活させようという方が問題なのだ! アシュバルム様の実の父親であるグルスドレーラーが見つかった以上、その血族である息子も彼と生活するのが自然の摂理というもの! つまり二人とも、吾輩の保護下に入るべきなのだっ!」
もはや歯に布を着せれなくなったラルヴァ男爵に、私は嘆息する。
……なるほど。ユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を殺害していないことをこの場で認めないのは、時間稼ぎのつもりなのですわね。
判決が出るのが遅れれば遅れるほど、その分アシュはラルヴァ男爵の屋敷で生活しなくてはならなくなる。
男爵はこの裁判で勝ち目がなくなったとみるや、アシュを自分の手の内に留め、その間に自分の言う事を聞くように洗脳しようとしているのだろう。
王族の目があろうと、関係ない。
どうせ負けるとわかっているのであれば、一か八か、強硬手段に打って出てくる。
今までのやり取りでわかっている通り、ラルヴァ男爵とはは、そういう男だ。
……ですが、そう思い通りにはさせませんわよ!
ラルヴァ男爵は、私の想像通りの主張を展開しようとする。
「故に、吾輩は裁判の結果が出るまで血を重んじて――
「確かに、ラルヴァ男爵のおっしゃる通り(・・・・・・・)ですわね。この国では、クロッペンフーデ大王国では、血が特別な力を持っておりますもの」
まさか私が自分の意見に賛同すると思っていなかったのか、ラルヴァ男爵は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。
しかし、すぐにここは便乗する所だと考えたのか、ラルヴァ男爵は貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「おお、セラ公爵夫人も賛同頂けるのですね? でしたら、話は早い。この裁判は今すぐにでも本日の所は休廷し、後日別日を用意して、新たな審議を進めましょう。無論、その間、アシュバルム様の処遇は――」
「当然、この場で一番発言権を持つ方が決めるべきですわよね?」
私のその発言までは想定外だったのか、ラルヴァ男爵の顔が固まる。
だが、すぐに会話の主導権を取り戻すべく、男爵は口を開いた。
「それは、そうでしょうな。ですから吾輩は、クラムラクモリック伯爵に休廷の進言を――」
「何故、クラムラクモリック伯爵なのでしょう?」
「何故、って、それは、伯爵がこの裁判を取り仕切っておられるからに決まっているではありませんか」
「ええ、それはもちろんそうですわね。ですが、どうして伯爵がこの裁判を取り仕切っているのです?」
「そんなの、決まっているではありませんか! 最初にクラムラクモリック伯爵がおっしゃられていたでしょう? 王族の方々から、一時的にその権限を預かられている、と」
その言葉に、私は大仰に頷いた。
「ええ、その通りです。なにせクロッペンフーデ大王国では、血が特別な力を持っておりますもの。王族の血に連なる方が、この国では最も発言権を持たれるのです」
「……だから、何が言いたいのですか? セラ公爵夫人。そんな当たり前なことを今更――」
「ですから、その当たり前に照らし合わせるのであれば、この場で最も発言権を持っているのは、権限を預かっているクラムラクモリック伯爵ではない(・・・・)と、そう申し上げているのです」
そう言った瞬間、苛立ちの表情を浮かべていたラルヴァ男爵の表情が、盛大に歪む。
「重ね重ね、馬鹿なことを! そんな力を持つ存在が、この場にいるとでも言うのかっ!」
「だから、そう言っているではありませんの」
だから私は、その人物の名前を呼ぶ。
その名前は――
「そろそろ出てきてはどうですの? アーングレフ・スタルギソン公爵様っ!」
「気安く高貴なる俺様の名を呼ぶのではない、この愚鈍がっ!」




