第73話
「思い出してくださいませ。トデンダーとオスコが語った、ジメンドレ前公爵夫人がお亡くなりになられた時の証言を」
あの時二人はラルヴァ男爵に求められ、こう証言したのだ。
『ジメンドレが死んだのは、お屋敷での茶会の最中でした。ジメンドレはわざわざユーリックブレヒト公爵様に紅茶を注がせ、それをわたくしたちに見せびらかすように、口にしておりました』
『そして、その後無様に血を吐き出しました』
「そしてラルヴァ男爵は、念を押すように、こう言いましたわ? ユーリックブレヒトが入れた紅茶を飲んだ後に、ジメンドレ前公爵夫人は亡くなったのか? と」
「そうだ! だから吾輩はその後、ジメンドレ前公爵夫人を殺せる毒の入手経路について――」
「いいえ、まだ途中ですわ。ジメンドレ前公爵夫人が亡くなった時の様子について、私は追加で質問をしておりますもの」
その時のやり取りは、こういったものだった。
『では、こう言いかえますわ。ユーリックブレヒトの入れた紅茶を飲んだジメンドレ前公爵は、すぐに血を吐きましたの?』
『いえ、少しの間は粘っていたかと思います。スコーンも一口か二口は口にしていたはずですから』
『その後、奴は血を吐き出して死にました。拳のような、血の塊を』
ラルヴァ男爵が、苛立たし気に口を開く。
「だから、それが一体何だというのだ! ジメンドレ前公爵夫人はユーリックブレヒト公爵から紅茶に毒を盛られて、血を吐いて死んだ。その事実は変わらない!」
「いいえ、変わる(・・・)のですわ。だって、症状が違う(・・・・・)のですから」
確かに、あの花には毒がある。
それは私も、ソルヒから話を聞いていて知っていた。
あの花は観賞用として育てられているもので、触れただけでは人が死ぬことはない。
しかし、何らかの理由で、誤って口にしてしまえば、その毒で最悪死亡してしまうこともあるのだ、と。
だが彼女は、この城でその花を見た時、こうも言っていたのだ。
それは――
『逆に口にすると、激しー嘔吐やめまいに見舞われて、最悪しぼーします。きれいな花なんで観賞用としてよく育てられてますが、間違って口にした日にゃー、さっき申し上げたようなしょーじょーが現れて、って感じですねー』
「おわかりになりまして?」
「何を言っているのだ? 結局、あの花の毒を口にすれば、死ぬという事に変わりはないではないかっ!」
「激しい、嘔吐と……」
「目眩に、見舞われる……」
がなり立てるラルヴァ男爵とは対象的に、トデンダーとオスコは、私の言いたいことに気付いたようだ。
まだ理解していない男爵のために、私は追加での説明を口にする。
「思い出してくださいませ。ジメンドレ前公爵夫人が死んだ時の様子を。彼女はユーリックブレヒトが入れた紅茶を飲んだ後、血を吐いて亡くなりました。ですが、すぐに亡くなったわけではありませんわ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。彼女はスコーンを一口か二口食べれる状態だったのです」
毒を盛られていたのであれば、スコーンを口にできるような余裕は、なかったはずなのだ。
何故ならあの花の毒を口にすれば、激しい嘔吐と目眩に見舞われる(・・・・・・・・・・・・・・)はずなのだから。
「皆さん、もうおわかりですわよね? ジメンドレ前公爵夫人は、確かに血の塊を吐いて亡くなったのでしょう。ですがそれは、毒によるものではございません! それは他の誰でもない、ラルヴァ男爵が連れてきた証人の証言から、明らかですわよ!」
傍聴席が、また一段と騒がしくなる。
焦ったように、ラルヴァ男爵が身を乗り出した。
「嘘だ! 嘘に決まっている! 嘔吐に目眩? そんな話、全くのデタラメだ!」
「デタラメかどうかは、調べればすぐにわかることですわ。クラムラクモリック伯爵?」
「もちろん、この裁判を任された身として、しっかりと調査することをお約束いたしましょう」
「では、その結果が出るまでは、少なくともユーリックブレヒトが処罰されることはありませんわね」
何故ならそれが明らかになれば、全ての前提が覆るからだ。
見ればトデンダーとオスコは、虚ろな目で互いに顔をあわせていた。
どういう顔を浮かべればいいのかわからない、といった所だろう。
当面、大切なユーリックブレヒトの身の安全が保証された喜びはあるものの、その一方で今まで信じてきたユーリックブレヒト像が、使用人のためにジメンドレ前公爵夫人という悪を打倒したという、ユーリックブレヒトに抱いていた英雄像が崩れ去ったのだ。
真実だと思っていたものが、実は全くの虚構だったと知らされれば、誰だってあんな表情を浮かべるだろう。
二人は幽鬼に出会った時のような顔で、私の方へと振り向いた。
「あなたは」
「いつ、それに気づかれたのですか?」
「いつ、と言われても、困るのですけれど」
思わず私は、苦笑いを浮かべてる。
トデンダーとオスコが証人として呼ばれた時、私はユーリックブレヒトと共に驚いてみせた。
しかし、ラルヴァ男爵が二人を証人として呼ぶことは、既にわかっていたのだ。
……正確には、ユーリックブレヒトが気付いていた、というべきでしょうか。
彼は牢屋に捕らえられている時、私に向かって、こう言っていた。
『ああ。体調には気をつけろ。それと裁判当日、ラルヴァ男爵が誰を証人に連れてきても動揺するな』
だから私はユーリックブレヒトと牢屋で再会し、ハイニクト第二十三王子と面会を済ませた後、ショルミーズとソルヒを連れてハーバリスト公爵家の屋敷に戻ったのだ。
ラルヴァ男爵がトデンダーとオスコを裁判に連れ出すとわかっているのなら、どうやって攻めてくるのか? も予想がつく。
……ユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を殺害し、アシュを独占したという論理展開をしてくると、読めますわよね。
だから私は情報を集めつつ、裁判で行われそうな弁論についてシミュレーションを重ねていったのだ。
トデンダーとオスコでなくても、ジメンドレ前公爵夫人が亡くなった時の様子は、二人と同じく使用人のショルミーズとソルヒから聞くことが出来る。
その状況から、ラルヴァ男爵はユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を毒殺したことにしたいはずだと推測出来た。
だからこの城に生えている、あの毒を持つ花がユーリックブレヒトの屋敷に生えている事を、事前に私はソルヒとショルミーズに確認する事が出来たのだ。
これらは全て先程述べた、ユーリックブレヒトが牢屋で発した言葉から道筋を立てて行動したものなのだが――
……本当に、私が気づかなかったら、どうするつもりでしたの?
もちろんあの時、牢屋にラルヴァ男爵の手のものがいた可能性は否定できない。
そうであればユーリックブレヒトが必要以上に語っていたら、逆にこちらの手の内がバレてしまっていただろう。
その場合、この様な裁判の流れにはならなかったはずだ。
でも、改めてこう思わざるを得ない。
……口下手にも程がありますわよ、ユーリックブレヒト。
しかし不思議と、悪い気はしなかった。




