第72話
「なっ、ご、ご自分が何を言っているのか、理解されいるのですか? セラ公爵夫人!」
焦ったようなラルヴァ男爵に向かい、私は悠然と頷く。
「当然ですわ。何ならもう一度言って差し上げましょうか? 私の夫は、ユーリックブレヒトは、ジメンドレ前公爵夫人を殺しておりません」
「馬鹿な!」
「そんなはずありません! ユーリックブレヒト様は、確かにあの女を殺したんです! 使用人たちのために、何より私のために!」
まるで天変地異を眼の前にした時のような有り様で、トデンダーとオスコがヒステリックな声を上げる。
そんな二人の様子を見て、ラルヴァ男爵は幾分か落ち着きを取り戻したようだ。
「……そうですな。吾輩としたことが、あまりの荒唐無稽な言葉に、取り乱してしまいました」
「荒唐無稽? そんな言葉、どこの誰が言いましたの?」
「あなたですよ、セラ公爵夫人! ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を殺していないなどと――」
「あら? それのどこが荒唐無稽な話になりますの?」
本気でわからないとばかりに、私は首を振る。
「ユーリックブレヒトがジメンドレ前公爵夫人を殺すわけありませんわ。それは今までの裁判の内容について、どこをどう聞いても、何をどう考えても、そう考えるのが当たり前ではありませんの」
「劣勢になり、いよいよわけがわからなくなり、妄言を述べるしかなくなりましたかな? セラ公爵夫人」
ラルヴァ男爵は勝ち誇るように口角を吊り上げると、肩を揺らしながら口を開く。
「今までの裁判の内容から、ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を殺害したのは自明だというのに、あなたはその真逆の主張をなさる、と?」
「……先程から、同じことを繰り返させますのね、ラルヴァ男爵。だから、そう申しているではありませんの。耳が悪くなったのでしたら、今から医者に調べてもらうといいですわ」
その言葉に、ラルヴァ男爵の頬が引きつる。
「そこまで言うのなら、お示し頂きたい。吾輩がこの裁判で提出した証拠に、証人による証言。それらがユーリックブレヒト公爵の無罪を主張しているというのであれば、その証拠を!」
そして男爵は他の観客に見せつけるように、大きく手を振った。
「今までの裁判の内容は、ここにいる全ての貴族の皆様が聞いている! 彼ら全員を納得させるだけの証拠が、ユーリックブレヒト公爵が無実だという客観的な証拠が出せるのなら、出してみるがいい!」
ラルヴァ男爵の言葉に、傍聴席に座る面々がざわめき立つ。
王族を除く、貴族の全ての階級が揃った彼らは、即座に男爵の言葉に反応した。
「そんなの、無理に決まっている」
「ジメンドレ前公爵夫人に使った毒まで特定されているんだぞ」
「それだけじゃなく、使用人を守るために殺したっていう、殺害の動機まで揃っているんだ」
「誰がどう考えても、ユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を毒殺したという結論にしかならない」
「セラ公爵夫人がここから逆転無罪を勝ち取るのは、絶対に不可能だ!」
それらの言葉を聞きながら、私は思わず苦笑いをした。
……全く、皆さん熱くなりすぎですわ。
この裁判は、ラルヴァ男爵がユーリックブレヒトを断罪するためにショーにした場所は、何も多数決で結論を出すわけではない。
堅実で貞淑と言われている、クラムラクモリック伯爵が取り仕切っているのだ。
だから伯爵は、ざわついたこの場を鎮めるために、木槌を一回、二回と鳴らす。
「静粛に、静粛に! 最終的な結論は、全ての情報が出払ってから、私が下します」
そう言ってクラムラクモリック伯爵が、私の方を一瞥した。
「ラルヴァ男爵の言葉ではありませんが、ユーリックブレヒト公爵の無罪を主張されるのであれば、それを証明いただきたい。もっともそのためには、過去のジメンドレ前公爵夫人の殺害容疑を晴らす必要があるりそうですが」
「もちろん、そちらについてもお話させて頂きますわ」
そう言うと私は、ユーリックブレヒトの方を一瞥する。
しかし彼はこちらに目を合わせることなく、ただその場で座っていた。
彼の下へ嫁いできたばかりの頃であれば、その態度に憤慨していただろうけれども――
……あれは、こちらを信頼してくださっているのですわね。
彼は言葉足らず過ぎるし、自分の考えていることを伝えるのが下手すぎる。
しかし、必要だと思った時には、即時に行動へ移す人だ。
……アシュが誘拐された時には、すぐに憲兵を連れて助けに来てくださいましたもの。
いや、あれはアシュだけでなく、私のことも心配してくれていたのだった。
そうした時間を過ごして来たからこそ、私はこの場に立つことにしたのだ。
愛する息子を守るために。
そして、そんなアシュが必要としている旦那を助けるために。
「それでは最初に、ジメンドレ前公爵夫人が毒殺されたわけではないことを証明させて頂きますわ」
「ですが、ラルヴァ男爵はユーリックブレヒト公爵が使ったものと同じ植物を、証拠として提出しているのですよ?」
「その花は、実際にユーリックブレヒト様のお屋敷に生えております。毒自体は、簡単に入手できた事実は揺るがないではありませんか」
ラルヴァ男爵に有利な発言をすれば、この裁判が終わった後ユーリックブレヒトと隠居生活を遅れるとまだ考えているのか、トデンダーとオスコが私に向かって反論する。
一方男爵はというと、その成り行きを睥睨しながら見つめていた。
どうやら、二人の口を閉ざすようなことはしないようだ。
……だからと言って、お二人の望んだ通りの結果が得られるとは限らないのですけれど。
あのラルヴァ男爵が、それぐらいでトデンダーとオスコが望んだ未来を与えくれるとは考え辛い。
そして何より、私が絶対にそんな未来を認めない。
何故なら私は、ここでユーリックブレヒトの無罪を勝ち取るのだから。
だから私はそのために、まるで今日は空がよく晴れていますねと世間話をする様な気安さで、こう口にした。
「あ、その毒ですが、ジメンドレ前公爵夫人には使われておりませんわ」
「そ、そんな馬鹿な!」
「ありえません!」
トデンダーとオスコの言葉は、この場にいる他の人々の言葉を代弁したものだった。
観客たちは、私の発言を否定する言葉と私を嘲る言葉を口にする。
そして、もっともこちらを嘲笑っているのは、ラルヴァ男爵だった。
「吾輩の提出した毒が、使われいない、ですと? もしや、あの花に毒があることを疑っておられるので?」
「いいえ、あの花に毒がある事は、私もそういった事に詳しい家の使用人から聞き及んでおります。そして、屋敷にその花が生えている事も認識しておりますわ」
「だったら――」
「でも、だからこそ、その花の毒がジメンドレ前公爵夫人に使われていない証拠になるのです」
何を言っているのかわからない、という表情を浮かべるラルヴァ男爵に向かって、私は静かに、こう言った。
その内容は――
「だって、あの毒が使われているのであれば、ジメンドレ前公爵夫人はあんな死に方をしているはずがありませんもの」




