第71話
白々しいラルヴァ男爵の演説に、男爵が仕込んでいたサクラが手を叩く。
はじめはまばらだった拍手は、いつしか大きな波となり、この部屋をうねるようにして、反響していった。
その騒音に驚き、恐れるように耳を塞いでしゃがみ込むグルスドレーラーを一瞥たりともせず、ラルヴァ男爵はその万雷の拍手を両手を広げて、浴びるように全身で受けている。
その表情はかなり満足げで、自らが語った未来が将来必ず訪れると、信じて疑っていない様子だった。
それを白けた目で見る私の隣で、ユーリックブレヒトが目を僅かに細める。
「たかが血のつながりだけで、よくもまぁあれだけ本当の父親だと連呼出来るものだな」
「あら? 引っかかっているのはそこですの? ユーリックブレヒト」
「そこもだな。セラだってジメンドレが仮に生きていたとして、今更アシュバルムの母親面をされるのも嫌だろう」
「そうですわね。控えめに言って、ぶっ飛ばしてやっていると思いますわ」
そもそもジメンドレ前公爵夫人は、アシュを産んですぐに亡くなっている。
アシュを今まで育ててきたのはユーリックブレヒトだし、彼の今の母親は私だという自負もある。
……今更化けて出てきても、あの子は絶対に渡しませんわよ。
そう思いながら、私はユーリックブレヒトの方へ視線を向けた。
「そこも、とおっしゃられていたということは、ユーリックブレヒトも同じことを気にしていらっしゃるのですわね」
「セラが、本当にこの裁判でやろうとしている事を考えれば、な」
苦笑いを浮かべるユーリックブレヒトに肩を竦めて、私はまだ拍手の余韻に浸っているラルヴァ男爵を横に、クラムラクモリック伯爵に向かって手を挙げる。
「クラムラクモリック伯爵。先ほどと同じく、私にもグルスドレーラーさんへの質問の許可を頂きたいのですが」
「認めましょう」
クラムラクモリック伯爵が木槌を鳴らし、拍手を鳴り止ませる。
私の今度の質疑については、ラルヴァ男爵からは何の咎める言葉もなかった。
それはもう自分の勝ちが確定したと思っていることもあるのだろうが、肝心の証人であるグルスドレーラーが、まともに会話出来ないとわかっているからだろう。
ラルヴァ男爵がグルスドレーラーをこの場に呼んだのは、何かしら証言を引き出したいのではなく、この裁判の後も男爵がアシュを自分の屋敷で囲うための正当性についてアピールをするためだ。
アシュがラルヴァ男爵の下へ向かう事が決まれば、グルスドレーラーの処遇もどうなるか、わかったものではない。
そう考えながらも、私はグルスドレーラーに向かって口を開く。
「こんにちは、グルスドレーラーさん。私の名前は、セラ。少し、お話をさせてもらってもいいかしら?」
「……セラ、おねえちゃん?」
そう言って顔を上げたグルスドレーラーに向かって、私は微笑みかけた。
「そうですわ。おしゃべり出来ますの?」
「うん、大丈夫……」
グルスドレーラーを、見かけ通りの成人男性だと思うからいけないのだ。
彼は、子供だ。
アシュよりも小さな子供だと思って接しなくてはならない。
ミルレンノーラ共和国の孤児院にいた子供たちに話しかけるように、私は口を開く。
「グルスドレーラーさんは、お父さんとお母さんは好き?」
「うん、大好き! でも二人とも、もう会えないんだって」
「どうして?」
「どこか、遠いところに行っちゃったんだってぇ。あのオジチャンが、そう言ってた」
……もうお亡くなりになられたか、ラルヴァ男爵のことですから、あの男が何かやったのかもしれませんわね。
そう思うものの、今はグルスドレーラーの話を聞くのが先だ。
「そう、それは悲しいわね」
「うん、ボク、とっても悲しいの」
「そんなグルスドレーラーさんは、自分がお父さんの代わりになれると思う?」
「えぇ、そんなの無理だよ! ボクがお父さんだなんて――」
「別に父親の役目は、彼一人で果たす必要はありませんよ、セラ公爵夫人。グルスドレーラー氏が至らぬ点は、吾輩が全力でサポートいたしますから」
途中で割って入ってきたラルヴァ男爵を、私は睨みつける。
今のグルスドレーラーに、父親としての能力がないことを印象付けたかったのだけれど、残念ながらそうは上手くはいかないらしい。
私は鼻を鳴らして、気持ちを切り替えるように口を開く。
「では、グルスドレーラーさん。あなたとって、血筋は大切なものですか?」
「血筋って、なぁに?」
「大切に決まっているではありませんか、セラ公爵夫人。そもそも、その問いにはすでに答えておりますぞ? 同じ質問を繰り返すのであれば、遅延行為として――」
「結構です。クラムラクモリック伯爵。これで私の質問は終わりますわ」
そう言うとクラムラクモリック伯爵が木槌を鳴らし、口を開く。
「それではこれで、全ての尋問が終わりました。これより、最終審議に入ります」
クラムラクモリック伯爵の言葉に、また傍聴席がざわつき始める。
「これはもう、ラルヴァ男爵の勝利で確定だろう」
「ユーリックブレヒト公爵が逆転出来る目がありませんからな」
「女にしてはセラ公爵夫人も頑張っていたと思いますが、いかんせん質疑が意味不明です」
「全くですな。あれでは、一体何を聞きたかったのか、さっぱりです」
……ふんっ、今のうちに、好きに言っていればいいですわ。
そう思っている間に、クラムラクモリック伯爵がラルヴァ男爵へ発言を促す。
「それではこれより告発人、ラルヴァ・リエスカ・アッタクヤ男爵によるユーリックブレヒト・ハーバリスト公爵への告発内容について、再度述べてもらおうと思います」
「もはや、言う必要もないかと思いますが、クラムラクモリック伯爵がお求めとあらば、話さないわけにはいきますまいな」
もったいぶったようにそう言いながら、ラルヴァ男爵は口を開く。
「そこにお座りになられている栄えあるユーリックブレヒト・ハーバリスト公爵におかれましては、御子息であらせられるアシュバルム・ハーバリスト様を自らのものとすべく、画策しておられた。全ての問題は、ユーリックブレヒト公爵はアシュバルム様と血が繋がっていないことで起こりました。そしてこの計画は、ユーリックブレヒト公爵が、アシュバルム様の母上であらせられるジメンドレ・ハーバリスト前公爵夫人を殺害した事に端を発しております。そして吾輩は、その殺害方法、そしてアシュバルム様の実の父親であるグルスドレーラー氏の証言により、ユーリックブレヒト公爵断罪後は、アシュバルム様を吾輩の屋敷にお迎え差し上げる所存であります」
「この裁判は、あくまでユーリックブレヒト公爵についての責を問うものであり、身寄りがなくなった子供の処遇を決める場所ではありませんよ、ラルヴァ男爵」
「おや、これは失敬」
そう言ってラルヴァ男爵は、これみよがしにこちらに向かって笑って見せる。
私はそれを見向きもせず、クラムラクモリック伯爵の方へと顔を向けた。
伯爵は木槌を叩いた後、私に問いかけた。
「それでは、ユーリックブレヒト公爵の弁護人としての立場である、セラ公爵夫人に問います。夫人は公爵の罪について、いかようにお考えですか?」
「無罪に決まっておりますわ。ユーリックブレヒトはアシュの本当の父親であり、ラルヴァ男爵が言ったことは事実無根です」
そう言うとラルヴァ男爵は、この部屋に響き渡るほど大声で笑った。
「これはこれは! 何を言い出すのかと思えば、この期に及んで、無罪? せめて死刑からの減刑を求めたのであれば、少しは希望があったでしょうに」
「希望も何も、無罪なものは無罪なのですから、致し方ありませんわ」
そう言うとラルヴァ男爵は、不敵に笑う。
「面白い。では、証明してみるといい。ユーリックブレヒトが、無罪であるという証拠を!」
「いいですわよ」
そう言うと私は、なんてことがないとでも言うかのように、口を開く。
そして、こう告げた。
「そもそもユーリックブレヒトは、ジメンドレ前公爵夫人を殺しておりませんわ。ですからラルヴァ男爵の主張は、最初から間違っているという事になりますの」




