第69話
ラルヴァ男爵が次に証人として呼んだのは、一人の男性だった。
それも、奇妙な男だ。
男性、と表現した通り、彼は子供なのではなく、立派な成人男性と言える年齢だろう。
それどころか、私なんかよりも全然年上のように見える。
ユーリックブレヒトと同年代ぐらいだろうか?
だが、証言を求められることになっているその相手は、とてもそうは見えないのだ。
服は着ているが、どこか無理やり着せられたかのような、着せ替え人形に雑に服を着せたかのような印象が拭えない。
表情はだらしなくニヤけていて、視線もあっちを見たり、こっちを見たりと、落ち着きが全くなかった。
そんな、体だけ大人になったかのような存在を前に、傍聴席もざわついている。
「おい、ラルヴァ男爵はどうしてあんなやつを呼んだんだ?」
「そもそも、まともに会話出来るのだろうか?」
「せっかくユーリックブレヒト公爵が、ジメンドレ前公爵夫人を毒殺したという事が明らかになったのに」
「ここで下手な証言が出たら、その優位も失うかもしれないぞ」
「ラルヴァ男爵は、一体何をお考えなのだ?」
ざわつく貴族たちとは対象的に、私と、その私の隣に座るユーリックブレヒトは、現れた証人の男性を食い入るように見つめていた。
だって、そうだろう。
彼は非常によく日に焼けた肌をしており、藍色の瞳が大海原を思わせる。
いや、そこはいい。
そこではない。
注目すべきなのは、そこではないのだ。
私とユーリックブレヒトが彼を見つめる、その一点。
それは、彼の浅黒い髪だった。
その髪色に、私は、そして彼の父親であるユーリックブレヒトも、当然見覚えがある。
あれは、アシュの髪質と、全く同じものだ。
……アーングレフ公爵の話から、ラルヴァ男爵が確保しているという話は聞いておりましたけど。でもまさか、このタイミングですの? このタイミングで男爵は、なんて男をこの場に呼んだのでしょうっ!
そう思っている私を、ラルヴァ男爵がニヤついて眺めている。
先ほどオスコとトデンダーへ質問したことに対して、意趣返しが出来たとでも思っているのだろう。
ラルヴァ男爵は、さも嬉しそうに咳払いをすると、証人として呼んだ男性に向けて、問いかけた。
「証人。名前を言って頂けますかな?」
だが、そう問われた彼は、クラムラクモリック伯爵が手にしている木槌が珍しいのか、身を乗り出してそれを見ている。
いや、今にも証人席から飛び出して、裁判官席にまで向かって行きそうな勢いだ。
これには流石のクラムラクモリック伯爵も、動揺の色を隠しきれていない。
「ら、ラルヴァ男爵。その、しょ、証人をどうにかしてください!」
「こ、これは失礼いたしました。おい、グルスドレーラー! 何をしているんだ! 大人しくそこにいろと言っておいただろうがっ!」
「えぇ、だってオジチャン、あのオジチャンが持ってるやつ、楽しそぉなんだもぉん」
舌っ足らずな声で、アシュの実の父親であろうグルスドレーラーがそう言った。
その言葉を聞いて、また傍聴席がざわめき始める。
クラムラクモリック伯爵は、もはやこの場が騒がしいのに慣れてしまったのか、あるいは木槌を守ることを優先したのか、手にした槌を大事そうに抱えて叩こうともしない。
そのざわめきを聞きながら、私はアーングレフ公爵に聞いた話を思い出す。
『あんな男を、自分の父親なんぞと呼ぶ必要はない、高貴なる俺様の従甥よ。あの男はジメンドレが遊びすぎて、もう壊れてしまっているからな。言葉を交わしたとしても、幼児と話しているかのような有様だ』
……精神的に壊れているから、あの様な言動なのですわね。
グルスドレーラーは、完全に幼稚化している様子だった。
そんな彼に、ラルヴァ男爵が懐から何かを取り出す。
「ほら、いつもの飴玉をやるから、大人しくするんだ」
「えぇ、オジチャン、ボク、あっちのオジチャンの持ってるやつの方が欲しいよぉ」
「わがままを言うんじゃない! そんなことを言うと、今日の晩御飯の後のデザートは抜きにするぞ!」
「えっ! ど、どうしてオジチャン、そんなイジワルいうのぉ? ぐすんっ、ひどいよ、ひどいよ、オジチャン……」
そう言ってべそをかくグルスドレーラーを、ラルヴァ男爵がなだめすかしてあやしている。
その様子を見て、私は混乱した。
それはユーリックブレヒトも同じだったのか、私に近づいてきて耳打ちをしてくる。
「どう思う?」
「どうも何も、ラルヴァ男爵の狙いが、全くわかりませんわ」
証人とは、この裁判を有利にするための証言を発言させるために呼ぶものだ。
そういう意味でいうと、グルスドレーラーほど証人として不適切な相手は、そういないだろう。
証言をさせようにも、あの様子ではまともな答弁は望めるわけがない。
「そもそも、ラルヴァ男爵は、グルスドレーラーにどんな証言をさせるためにこの場に呼んだのでしょう?」
「わからない。だが、アシュバルムの父親を呼んだということは、アシュバルムに関する何かを仕掛けるつもりなのだろう」
ユーリックブレヒトの言葉に、私は思わず腕を組む。
「ユーリックブレヒトの裁判に関係があって、アシュにも関係があること、という事ですわよね? あなたと私の愛する息子には結びつきはありますけれど、それがグルスドレーラーと全く関係が見当たりませんわよ?」
「あるいは、もうラルヴァ男爵は俺の事を気にしていないのかもしれないな」
「……それこそ、どういう事ですの?」
私は首を大きく傾げながら、ユーリックブレヒトの方へと視線を向ける。
「だってこれは、ラルヴァ男爵がアシュを手に入れるために仕掛けた裁判ですわよね? だとすれば、ユーリックブレヒトを排除しなければ、その目的は達成出来ませんわよ?」
「だから、ラルヴァ男爵にとって、俺の排除はすでに済ませていると、そういう考えなのではないか?」
その言葉に、私は僅かに目を細める。
「オスコと、トデンダーの証言ですわね?」
「そうだ。あれで傍聴席を含めて、俺がジメンドレを毒殺した、という意見が大半を占めているだろう」
「それでラルヴァ男爵は、もうユーリックブレヒトを排除できると考えている、と?」
「ならば、次にラルヴァ男爵が求めるのは、一体何だ?」
その言葉に、私は思わず頬を引くつかせた。
考えたくはない事ではあるのだけれど、残念ながらユーリックブレヒトの予想は当たっていそうだ。
だから私は、その嫌な予想を口にする。
「ラルヴァ男爵が、この裁判が終わった後、アシュを自分のものとするための決定打を、ここで打つつもりなのですわね?」
「……そう考えるのが、妥当だろうな」
重々しいユーリックブレヒトの言葉通りの尋問が、今まさに始まろうとしている。
ラルヴァ男爵は、どうにか泣き止ませたグルスドレーラーをよそに、傍聴席の人々へこれでもかとアピールするように、大きく手を振り、そして大きく口を開ける。
そして、こう吠えた。
「彼の名前は、グルスドレーラー・ハーバリスト! 何を隠そう彼こそが、王族の方々の血統に連なるアシュバルム様の、実の父親なのです!」




