第65話
オスコの発言で、一気に裁判が開かれている部屋が揺れる程の喧騒が巻き起こる。
「なんということだ! まさかユーリックブレヒト公爵が、ジメンドレ前公爵夫人を殺害していただなんて!」
「しかも、ただの妻殺しなんかじゃない。相手は王族の血を引いているんだぞ!」
「この国の、クロッペンフーデ大王国に対する挑戦だ!」
「では、何か? ユーリックブレヒト公爵は、王族の血を引かれているアシュバルム様を手に入れるため、自分の妻を毒殺したということなのか?」
「ユーリックブレヒト公爵がアシュバルム様を手に入れるため、まさかそれほどまでの大罪を犯していたとは……」
「だとすると、これはずいぶんと計画的な犯行ということではないか?」
「その通りだ! どうしてラルヴァ男爵は、ユーリックブレヒト公爵に死刑を求めないんだ!」
「そうだそうだ! 王族の血に連なるジメンドレ前公爵夫人を殺害し、それによってアシュバルム様を洗脳しようだなんて所業、いくら国に貢献してきたからといっても、相殺出来るはずがないっ!」
「静粛に、静粛に! 裁判の進行を妨げる方は、即刻退場して頂きます!」
クラムラクモリック伯爵の言葉も虚しく、部屋の中に巻き起こった怒号に近い騒音は、全く収まる気配がなかた。
悲鳴に近い声すら聞こえるその狂乱の中、私は歯噛みをしながらオスコを睨みつける。
……やってくれましたわね。
元々無茶苦茶な相手だとは思っていたけれど、今回のは格別に無茶苦茶だ。
今の私は、サーカス団でアシュが誘拐された事件を期に、ユーリックブレヒトがジメンドレを殺してなどいないと断言できるようになっている。
しかし、それ以外の人たちは全く違った受け止め方をするだろう。
……彼らにとって、ユーリックブレヒトは元々、アシュを洗脳しようとした極悪人ですもの。そのアシュを手に入れるために前妻を殺したと言われれば、この裁判で問われているユーリックブレヒトの罪に対して信憑性が増すと考える方々が増えるのは、当然ですわ。
もはや騒ぎを収めるのは不可能だと判断したのか、クラムラクモリック伯爵が木槌を叩きながら、オスコとトデンダーに問いかける。
「先ほど、自分たちのためにユーリックブレヒト公爵がジメンドレ前公爵夫人を殺害した、と発言しましたね?」
「はい、その通りです」
「わたくしもその認識で間違いないかと思います」
「何故、あなたがたのためにユーリックブレヒト公爵はその様な罪を犯したのでしょう?」
クラムラクモリック伯爵はそう言って、更に問いかける。
「あなたがたは、ユーリックブレヒト公爵にとってはただの使用人です。わざわざ殺人を、しかも王族の血を引くジメンドレ前公爵夫人を殺害する動機が見当たらないのですが」
「そこが、私たちとあの方が魂で結びついている理由なのです」
「あの方は、わたくしたちをお守りになられたことで、真の英雄となられたのです」
そう言った二人の様子は、以前アシュが誘拐されたとサーカス団で気づいた後、オスコに感じたものとそっくりだった。
そう、あれではまるで、狂信者だ。
自分の信じるもの全てのために命すら投げ出す覚悟を持ち、殉教者となるのすら厭わない。
そして二人はその身に秘めている、見ているこちらに怖気が走るような恐怖を吐き出すかのように、口を開く。
「あの忌まわしいジメンドレは、ユーリックブレヒト公爵様がハーバリスト公爵家にお連れになられる前から、使用人たちに対して苛烈で卑劣で傍若無人な振る舞いを繰り返しておりました」
「そしてユーリックブレヒト様がお越しになられた後、ユーリックブレヒト様と同じ瞳を持った私の事を、ジメンドレは暴力を振るう対象として定めたのです。使用人ごときが自分の男と同じ瞳を持っているのだなんて許さないと、そう言って、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も私を殴ったのです。その結果私は視力が格段に低下し、この様な眼鏡をかけるはめになったのです」
そう言ってオスコは、分厚い眼鏡を外す。
彼女の瞳を見た貴族たちが、更にどよめいた。
「おお、あの灼熱の業火のように燃え盛る炎のような瞳は、ユーリックブレヒト公爵と全く同じ赤色ではないか?」
「だとすると、あの元使用人もクグバディール火山伯国出身?」
「ええ、そうですとも、皆様」
そう言ってオスコは、スポットライトを独占する舞台女優の様に周りを睥睨した。
「そして、私が眼鏡をかけなくてはならなくなった暴力をジメンドレから受けた、その翌日だったのです。その翌日に、あのジメンドレは死んだのです! そう、ユーリックブレヒト様の手によって、毒殺されて! その結果、ユーリックブレヒト様はジメンドレの地獄のような暴力から、私たち使用人をお救いになられたのですよ!」
「なんということだ」
「ユーリックブレヒト公爵は、目に余る同郷の使用人に対する暴力に心を痛めていたのか」
「その結果、ジメンドレ前公爵夫人の殺害を決意したということだな」
「まて、それならあの女の使用人とユーリックブレヒト公爵は、元々デキていたのでは?」
「あり得るな。貴族ならば使用人の一人や二人、手を出していたとしてもおかしくない」
「だとすると、ユーリックブレヒト公爵は痴情のもつれで妻を殺害し、その義理の息子を政治利用した、と?」
貴族たちが、好き勝手な妄想を口々に囃し立てる。
それを聞きながら、オスコは恍惚の表情を浮かべていた。
彼女にとって、自分がユーリックブレヒトと関係しており、自分を選び妻を殺したユーリックブレヒトというストーリーは、他の何事にも変えられない程の愉悦を感じさせてくれるものであるに違いない。
しかし――
……そんな事、あり得ないに決まっているではありませんの。
ユーリックブレヒトは、ジメンドレ前公爵夫人から無理やりこの国に連れてこられたのだ。
そんな彼が心情的に他の貴族同様使用人に手を出すとは思えないし、そもそもそんな事をしようものなら、ジメンドレが黙っていないだろう。
……なにせ、自分の旦那と同じ瞳の色だという理由で、視力が下がるまで暴力を振るう相手なのですわよ?
それだけ嫉妬心が強いのであれば、浮気をしたとなればその使用人はただで住むわけがない。
最低でも殺されるだろうし、運が良ければすぐに死ねる方法で殺される、ぐらいのことはジメンドレ前公爵夫人であればやりそうなものだ。
そう思っている私をよそに、先程よりも騒がしくなった部屋の中、オスコがゆっくりと語りかけるように、ユーリックブレヒトに向かって口を開く。
「ですから、もうご無理をなさる必要はないのですよ? ユーリックブレヒト様」




